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利益相反と行動経済学

基礎知識・ノウハウ

M&A

昨今、2020年12月28日の河野行革担当大臣のウェブサイトにおける問題提起も一つの契機となって、中小M&A市場における「仲介形態の可否」について、業界内外でディスカッションが盛んになっています。利益相反の観点から問題が指摘されていながらも、今後も一定の利用が想定されていた方式に対する、企業経営者視点での正論がようやく登場した感があります。M&A市場の進路だけでなく、これからの中小企業経営にも大きな影響をもたらす可能性のあるこの問題を、行動経済学の視点も踏まえて取り上げます。

1.フリーランチはない

経済学という学問の論理体系は、ご存じの通り過去の膨大な議論の蓄積に裏付けられた厳密なモデルとして組み上げられています。実際の経済活動の現場からみると机上の空論と思えることも多いかもしれませんが、例えば「不況時には減税よりも増税による公共投資のほうが早期の効果がある」などという、経済の現場感覚とは異なる解を示すことがある点などでは現実社会のモデル化という目的に沿って大変有効に機能しているツールだといえます。「フリーランチはない」という定理も、安易な経済活動への参加に対する戒めとして重要な教えだと思います。この「フリーランチはない」=リスクがないと思える投資機会には、あなたの目に入らないリスクがあるのだ、というサジェッションを「落ちているお金」に例えて説明されるときは次のようになります。

街なかでお金を落とした人がいたとしても、そのお金は一瞬後に第一発見者によって拾い上げられてしまうので、落ちている状態で観測されることはない。

なるほど、その通りであり経済学は誠に立派な学問である、と思います。ところが現実の社会においては、街なかでお金を落とす人、という存在は一定の確率で必ず存在するということもまた厳然たる事実であり、経済学が敢えて切り捨てている部分であるといえます。全ての人間は完全なる経済合理性を有しており(ホモエコノミクス仮説)、それを前提に静的均衡状態の分析をゴールに現実社会をモデル化する、というアプローチの弱点として長年論争の材料となっており、近年、経済物理学などとともに、この古典的な前提をアップデートするためのアプローチとして有力視されているのが行動経済学です。

2.肯定する論者

中小M&A市場における仲介形態を肯定的に評する論者は比較的少数だったようですが、その中に「我が国のM&A黎明期において、公正で中立的な日本の金融機関が構成する企業社会では、両者の信頼を得て仲人のように取引を作り上げてゆくカルチャーが存在した」という論調の方もいました。欧米発の伝統的経済学におけるホモエコノミクス仮説はいうなれば性悪説的であり、日本の企業社会にはそれを否定しうる高い倫理が存在する、との主張は耳障りもよく非常に説得的でもあります。しかし現実の金融機関が法令で求められている利益相反管理体制は、性善説に立脚した企業倫理に対する価値観などで充足できるようなものではありません。利益相反という状況が発生する取引類型を事前に全て特定し、それぞれについて顧客が不利益を被らないようにするための管理体制を整備し、その状況を詳細に説明する責任が求められているのです。

3.行動経済学的考察

上記のような肯定論を、性善説-性悪説という座標軸を離れて、ホモエコノミクス仮説-行動経済学の座標軸で考えてみたいと思います。ホモエコノミクス仮説に立脚しますと、M&A仲介業者が仮に買い手側の利益を優先し、売り手の利益を損なうことがあっても、それにより経済的なメリットがあるのであればその選択肢が合理的な解となります。事実なのであればそれを避けるために、その選択肢を取らせないルールを整備することが必要になります。ルールがなくても適正に運用されていたというM&A黎明期の我が国において、職業倫理が高かったという要因も多分にあるかもしれませんが、「大企業を対象とする、大企業による、大手金融機関の法人部門の仲介によるM&A」という取引の特性から想定される「大企業コミュニティに対するメンバーシップを確保することの効用」だけでも十分に説明が可能です。逆に言えば、中小企業を対象とする、仲介専門会社の仲介によるM&Aに当てはめることは、情報の非対称性のリスクや、パワーバランスの不均衡、などから難しいかもしれません。

行動経済学でテーマとなることが多い認知バイアスいうものもあります。とりわけ最善の期待値ではなく、最大損失がより小さいほうを選択しがちである、というよく知られた認知バイアスについて、売り手の視点で考慮してみますと、代理人であるファイナンシャルアドバイザー(FA)が正当性を主張した結果ディールがまとまらなかったときに失う経済的利得が、仲介者による利益相反取引により失われる経済的利得と比べて大きいように思える認知バイアスの存在が考えられます。利害の対立を交渉により調整するという多数のプロセスを要したのちにブレイクしてしまう可能性もあるのなら、最善値よりも劣後しているかもしれないが何とかまとめてくれるほうが良い、と考えるのは無理もありません。だからこそ、中小M&A市場は利益相反管理体制の整備が求められる新たな段階に入ってきているのではないでしょうか。

M&Aプラスは、「FAのためのマッチングプラットフォーム」として、FAの皆さんがM&A業務をより価値あるものとして取り組めるよう考えてサービスを構築しております。FA業務の量的質的な拡大が、あるいはFAの皆さんにとってより業務を行いやすい環境が整備されることが、M&A市場の発展にとって最も好ましいと考えているからです。そういった意味では、「仲介形態の利益相反」に関して議論が進み、適切な管理体制が求められるようになることも、市場の発展に大いに寄与してくれるのではないかと期待しています。

執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
イノベーション事業部 FAプラットフォーム
ヴァイスプレジデント 先崎 知之

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