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名付けの功罪

基礎知識・ノウハウ

M&A

コロナ禍における株高という昨今の現象を「高圧経済政策」というキーワードを用いて、その政策の効果であるという説明を目にすることがあります。ジャネット・イエレン米財務長官がFRB議長であった2016年に、当時の世界的デフレ圧力に対抗する政策として講演で述べたのが初出と言われています。無節操とも批判されかねない、現状の財政政策、金融政策のフル活用に対して、5年近くも前にアカデミックな論調の中でFRB議長から語られたこの用語を当てはめることができるのは、ラッキーなことであるかもしれないと感じることもあります。政策の正当性やリスクの度合いを、いまゼロから説明し世界市場を納得させるのは大変困難なことのように思えるからです。ある意味現在の政策にこの名が与えられていたこと、そしてこの用語を使って説明をするというアイディアによって株高が支えられているともいえるわけですが、このような例は過去にもたくさんありました。それらを「名付けの功罪」という切り口で見ていきたいと思います。

1.「リストラ」の初出

「リストラクチャリング」という言葉が、いわゆる外来語となってわが国で使われ始めたのは、意外なことにまだバブル経済真っただ中の1980年代終盤のことです。プラザ合意によるドル高修正により、輸出関連の製造業が経済のテーマであるとはやされていたムードが一変したため、それまで地味な印象のあった「内需関連銘柄」をいかにテーマ化するか、という課題に日本経済が取り組んでいたころの話です。証券市場では「トリプルメリット(円高・原油安・低金利)」や「ウォーターフロント企業」「再開発関連銘柄」など、テーマの鮮度を維持するため次々に内需関連銘柄のフレッシュな視点を市場、投資家に提供する必要がありました。そのようなテーマの変遷の最後の最後に掘り出された言葉が「リストラクチャリング関連」だったのです。素材産業や電力ガス会社、造船業の会社などが23区内や都心近郊に有する工場などを、売却したり、移転して再開発したり、新事業に参入したりすることを、原義と同じ「事業の再構築」という意味で表現するために、耳新しい外来語を持ち出したというわけです。

原義どおりに使われていたこの時点では、この用語を使うというアイディアはさほどメジャーなものではありませんでしたが、90年代に入り「バブル崩壊」による深刻な不況に突入したことにより、この言葉に今でも生きている別の用法が生み出されたのです。原義に近い「リストラの対象となる」というような言い方がされていたものが、だんだん「リストラされる」というように、ずいぶんかけ離れたところまで意味が転じました。する側もされる側も第三者も、生々しくて口に出しづらい、雇用調整のための退職勧奨や整理解雇という用語の「言い換え」として便利であったことが多用された理由かもしれません。事の重大さをわずかでも覆い隠す効果があったのだとすれば、やや罪深い「言い換え」であったといいたくなります。

2.ジャンクボンドやヘッジファンド

現在では「ハイイールドボンド」や「エマージングボンド」と呼ばれている、格付けが低くハイリスクだと言われる反面利回りの高い債券も、以前は「ジャンクボンド」と呼ばれ、今以上に大変活発な取引がされていた時代があります。もちろん「ジャンク」が非常にネガティブな言葉であるというのも言い換えが定着した理由の一つですが、直接的なきっかけは不祥事です。「インサイダー取引の規制は株式が対象である」という法令を、「債券は規制対象にならない」と解釈して、大々的なインサイダー取引により市場を一手に握っていた米国の証券会社は摘発され、その後破綻してしまいます。市場は完全に崩壊し、顧客も一旦はいなくなってしまうのですが、必要な市場であることに変わりなく、上記の「言い換え」でイメージを刷新し、再出発をすることとなるのです。

同じく「ヘッジファンド」についても、不祥事のイメージ刷新を目指して様々な「言い換え」が試みられているようですが、定着しているかどうかはっきりしません。「ヘッジファンド」には約款上、レバレッジを活用することが認められているケースがほとんどで、主要な特徴の一つとなっているのですが、1990年代の終わりに過大なレバレッジを用いてロシア国債に投資を行っていた巨大ファンドが破綻して、世界経済を恐慌寸前に追い詰めました。同一視されてはかなわないので、多くのファンドは自らを「オルタナティブファンドである」と称するようになりましたが、ここまで一般的な認知を得るには至っていないようです。「オルタナティブ、alternative;もうひとつの、代替の」がもともとあまりポジティブなイメージの単語ではないことや、長くて発音もしづらい、というあたりが理由でしょうか。言い換えや名付けも難しいものです。

3.M&A

最後に、私たちが取り組んでいるこの「M&A」という言葉について感じていることを述べて終わりにしたいと思います。この用語も本当に昔から、「日本市場では(敵対的なものは特に)歓迎されない」という基本認識と、「それは古臭い、了見の狭い考え方であり、フラットに活用を検討する必要がある」というもうひとつの基本認識とのはざまで、特性の一部が強調されることによりその全体像が伝わりづらい使われ方をしてきた言葉であると思います。

さすがに長い時間使われ続けていることで、これまでの主たる市場であった大企業マーケットにおいては、イメージのゆがみを感じることはほとんどありません。問題としたいのは、これから大きな市場になるといわれる中堅企業、中小企業においてはどうなのだろうか、という点です。

中小企業庁では、いろいろな資料でこの市場を「中小M&A」という統一の用語を使って表現しています。担い手となる業界のプレイヤーにおいては、「中小企業M&A」や「スモールM&A」など、特に言い方を決めている様子は見られず、各社各様その時々で使い分けをしているような状況です。

そもそも「Mergers And Acquisitions;企業の買収・合併」という用語は、いずれも買手視点の印象が強く、買い手が主体、買われる企業が客体、という用語であることは事実です。後継者問題や事業承継という大きなテーマを含んでいるわが国の中小M&A市場を、この用語で表現すること自体、市場の存在を認知し、主体的に関与してほしい企業経営者の皆さんから見て、当事者意識を持ちにくい言葉であるのではないかと思います。「事業引継ぎ」「第三者承継」などの用語も使われており、売り手の視点を感じることができますが、メジャーになるには力不足で、アピールも足りません。

近年の例では「確定拠出年金(個人型)」などという、ネーミングがネックになって発展が阻害されている可能性がある制度(商品)を、官庁が言い換えを主導して見事に普及した「iDeCo」のような例もあります。「M&A」に関しても何かいいアイディアはないものでしょうか。皆さんいかがですか。

執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
イノベーション FAプラットフォーム
ヴァイスプレジデント 先崎 知之

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