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物価と投資価値

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1.大谷選手の年俸

大リーグ、ロサンゼルス・エンゼルス大谷翔平選手の大活躍が続いています。いろいろな競技で、世界との差、いわゆる「フィジカル」や「サイズ」に関する絶対値の違いを、「チームワーク」「ハードワーク」で補う姿を長年見てきた私たちにとって、メジャーリーガーたちから「フィジカル・モンスター」と恐れられる日本人選手があらわれるという現実は誠に痛快です。

また、大谷選手の年俸が、その活躍ぶりからすると非常に低額だというニュースを目にすることも増えました。渡米のタイミングや故障に悩んだ経緯など、正当な理由もあるのですが、それを踏まえても、金銭至上主義ではないスポーツマンシップや、誠実かつ献身的な人間性などに対する好感度も、もはや天井知らずの急上昇となっています。

この「給与(や価格)はさておき、それとは無関係に最大の努力をすることが大切だ」という姿勢は、上記のように世界中の人を感動させる日本社会の美点であるように思います。その一方で、「年俸への不満」が普通に意識される社会のほうが、給与や物価が上昇しやすいこともまた事実であり、大谷選手のエピソードは、あらためて我が国の物価問題の本質を浮き彫りにさせているのです。

2.原油価格上昇はデフレ要因

ただし、生産者サイドがお金にこだわらないことを美点とする風潮がある一方で、消費者のほうは世界一ともいえる価格(と品質)への執着心を持っています。見出しを見て不審に感じる方も多いと思います。これは日本社会のデフレ気質を笑うジョークですが、あながちあり得ないことでもないと考えられます。つまり、原油価格上昇のような、国外の所得となるようなコストの上昇を、給与の抑制や中間業者との価格交渉などの努力で吸収することで価格を維持しようとすると、国内の所得減少を通じてデフレにつながる、というものです。これは、日本国内のビジネス、日本の消費者を対象とするビジネスに対する、海外から見た投資価値が相対的に魅力のないものとなっている要因でもあります。

3.スキーリゾートやアニメーション制作

ですので、日本の生産者サイドを使うけれども、日本以外の消費者を対象とするモデルを構築することができれば、様相は全く異なるものとなります。価格が安くても品質が高い日本の製品を、日本以外の消費者に向けて提供するビジネスを、海外の資本で取り組むというモデルは投資価値が高く、大谷選手の例もこれに当てはまります。北海道のスキーリゾートや、アニメーション制作会社に対する、米国や中国のコンテンツ企業の投資がもたらした変化もよく知られています。ニセコではラーメンが一杯2,000円になり、中国のネット配信企業向けの作画を請け負う日本の会社で働くアニメーターの所得が上がりづらい、などの問題も指摘されています。海外の物価が相対的に高いことを利用したモデルにおいても、国内の所得上昇にはつながらない、という共通の構図です。

4.中小企業への投資

このような海外資本による投資の傾向は、中国企業による日本の大企業の買収などの形でニュースに登場していましたが、中小企業への投資についても着実に進められていたことも知られています。東京オリンピックが、当初の予定通りの時期と規模で開催されていたならば、技術のある中小企業に対する、上記モデルの適用を目指した企業買収が一気に拡大した可能性もあります。日本の物価が上がらないことは、名目成長率や労働生産性の阻害要因として論じられることが多いのですが、生産プロセスと消費プロセスを分解してみてみることで、結果的に所得が海外に流出するようなシナリオにつながってしまうとみなければなりません。コロナ禍によって、海外からの観客受入れが見送られたため、そのシナリオがすぐに実現することはありませんが、経済が正常化されるにしたがって再度浮上してくる可能性もあると考えています。

執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
イノベーション事業部 FAプラットフォーム
ヴァイスプレジデント 先崎 知之

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