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閉院・廃院前に考えるべき病院・クリニックの医院承継(第三者承継)とは(後編)

医業承継

M&A

前編では、医院承継を考えるべきタイミングや閉院・廃院におけるデメリットについて説明しました。
今回も、譲渡側となる現役医院長の立場から医院承継を考えていきます。後編では、引継ぎ手となる医師/歯科医師の開業状況を確認し、譲渡価格の水準や廃院によるコストなどの観点から医院承継(第三者承継)について説明します。

4.医師/歯科医師の病院・クリニック開業状況とは

第三者承継を成功させるためには、譲受側である医師/歯科医師の状況についても知る必要があります。厚生労働省「平成30年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」より病院・クリニックの開業状況を確認することができます。

<img alt=図表5 医師の開設者/法人代表者と勤務者の年齢別内訳(医科)

先ずは医師の開業状況ですが、30代後半から開業を検討される方が徐々に増え始めます。ただし、30代の医師総数64,508人に対して、開設者/法人代表者は1,164人と全体の1.8%にすぎませんので、開業は少数派といえます。開設者/法人代表者の割合は、40代で14.6%、50代で33.1%と勤務者の方が多いのですが、60代で50.9%、70代以上では54.6%と2人に1人が開設者/法人代表者となり、その割合が逆転します。

このデータから読み取れることは、譲受側となる医師の層は30代から50代が主な対象になることです。また、30代はその数が少なく、40代から50代になると急増することです。

図表6 医師の開設者/法人代表者と勤務者の年齢別内訳(歯科)

次に歯科医師の開業状況です。医師と同様に30代後半から開業を検討される方が徐々に増え始めます。しかしながら、その状況は、医師とは異なります。30代の歯科医師総数18,395人に対して、開設者/法人代表者は3,303人と全体の18%と医師の10倍になります。また、開設者/法人代表者の割合は、40代で54.7%、50代で75.1%、60代で83.2%、70代で72.0%と40代から開設者/法人代表者の方が勤務者と比較して多い状況です。

こちらのデータから読み取れることは、譲受側となる歯科医師の層は30代から40代が主な対象になることです。

このように、医師と歯科医師でも開業における年齢層が異なりますので、注意が必要です。例えば、デンタルクリニックの第三者承継において、30代・40代の歯科医師へは譲りたくないとすると、承継の可能性はかなり低くなることを意味します。一方で、クリニックの第三者承継において、30代の医師を後継者として望まれたとしても、その年代で開業を志す医師を見つけることに苦労するかもしれません。

5.第三者承継を円滑に進める譲渡価格の水準とは

医院承継(第三者承継)において譲渡価格はどのように決まるのでしょうか。どのビジネスにおいても同じことですが、当事者間が納得する価格で決まります。納得する背景には、少なからず何かしらの根拠があります。当然にして譲渡側と譲受側では、その根拠は異なりますので、譲渡価格を決定するまでに色々と交渉が行われます。

診療科によっても異なりますが、新規でテナント開業の場合でも、3,000万円~7,000万円の開業資金を準備しなければなりません。医院承継(第三者承継)においては、この開業資金を抑えられることが開業医側のメリットのひとつになります。つまり、新規開業にかかる投資額と比較があることを念頭に置いて、譲渡価格を考える必要があるのです。

図表7 開業を検討する医師の比較目線

上記のようなケースを開業医側の立場になって考えてみましょう。なお、図表7で示している開業資金は、説明をするうえで、わかりやすくするための仮の数字です。

第三者承継のメリットは、承継期間に経営ノウハウを学べること、患者・従業員をあらかじめ確保できていることです。新規開業の場合は、従業員の採用をはじめ、患者の集客など医療行為以外の負担が増えますので、第三者承継であればそれらの負担はある程度軽減されることでしょう。

一方で、第三者承継のデメリットは、色々と自由度が低下することです。例えば、従業員・レイアウトが選べないこと、医療機器が老朽化していることなどが挙げられます。その点、新規開業であれば、開業を検討する医師の理想を追求できます。

新規開業、第三者承継のそれぞれに一長一短があるわけですが、最終的にはビジネス的な視点が求められます。それが開業資金です。仮に新規開業、第三者承継ともに5,000万円の開業資金が必要な場合、開業を検討する医師は新規開業を選ぶ傾向にあります。投資金額に比して、第三者承継のメリットよりもデメリットの方が上回ってしまうためです。

第三者承継のデメリットを譲渡価格で補完する必要があるのです。そこで、第三者承継を円滑に進める譲渡価格の水準を考えると、新規開業における開業資金よりも低い譲渡価格になる傾向にあります。もちろん例外はありますが、現在でも病院・クリニックの開業においては、新規開業を選択される方が多く、医院承継(第三者承継)は少数派です。そのため、マーケットにおいては、譲受側が価格交渉における優位性を持っているともいえます。医院承継(第三者承継)のメリットでもある「新規開業よりも開業資金を抑えられること」を譲渡価格に反映させることが、医院承継(第三者承継)成功のポイントとなります。

6.第三者承継と廃院による経済的な損益とは

仮に医院承継(第三者承継)が成立しなかった場合、最終的には廃院という選択を迫られます。前編の「閉院・廃院におけるデメリットとは」で、コストの概念について説明しましたが、今回は経済的な損益について考えていきます。

廃院すると建物の原状復帰、医療機器・薬剤の廃棄などのコストがかかります。仮に、廃院する場合のコストを500万円とした場合、経済的な損失は500万円になるのでしょうか。

図表8 第三者承継と廃院による経済的な損益

機会損失を勘案すると、実は経済的な損失は膨れ上がります。機会損失とは、最大の利益を得る決定をしなかったために、得られなかった損失のことです。

上記のようなケースから、先ほどの「第三者承継を円滑に進める譲渡価格の水準とは」で用いた前提条件(新規開業資金5,000万円)をもとに、以下の2つのパターンに分けて経済的な損益を考えてみます。

(1) 譲渡価格2,500万円として医院承継(第三者承継)を検討していた場合

新規開業と医院承継(第三者承継)を比較すると、半分の資金で開業できるメリットがあります。開業を検討している医師が、その点にメリットを感じて、この条件で医院承継(第三者承継)が成立した場合、譲渡される医師は経済的な利益2,500万円を得ることになります。

(2) 譲渡価格を5,000万円として医院承継(第三者承継)を検討していた場合

新規開業と医院承継(第三者承継)を比較すると、同額の資金での開業になるため、医院承継(第三者承継)による投資価格抑制のメリットが得られず、選ばれにくい傾向にあります。仮に廃院を余儀なくされた場合、廃院コスト500万円に加えて、譲渡価格2,500万円であれば、成立したであろう利益分を足した3,000万円が経済的な損失になります。

このような観点からも、医院承継(第三者承継)における譲渡価格については、柔軟に応じることが、経済的な利益につながります。

7.医師だからできる承継後の働き方

事業承継を成功させるためには、譲渡後の引継ぎが非常に重要です。これは事業会社でも病院・クリニックでも同じことがいえます。引継ぎ期間中は、後継者へ伝えなければならいないことも多く、あっという間に時間が過ぎていくことでしょう。引継ぎが終わりに近づくと色々な思い出が走馬灯のように蘇り、とても感慨深い気持ちになられるかと思います。

事業会社の場合、引継ぎ期間が終われば、その後も前経営者が引き続き同じような仕事をされるケースはそう多くありません。その理由ひとつとしては、引退された経営者の働ける環境がなかなか整っていないことが挙げられます。

一方で、医師の場合は、承継後も働く環境が整っています。医師は定年もありませんし、且つ、スポットのアルバイトでも相当な収入を得ることができます。承継した開業医との関係性にもよりますが、譲渡したクリニックで週数コマ働くこともできるでしょう。仕事量を調整しながら、より充実したワークライフバランスを実現できる働き方です。それこそが、医師だからできる承継後の働き方なのです。

今回は譲渡側となる現役医院長の立場から医院承継を考えてみました。まだ、病院・クリニックの第三者承継は多くありませんが、確実に増えています。本コラムをきっかけに、閉院・廃院を検討される前に、医院承継(第三者承継)を選択肢のひとつに考えていただけますと幸いです。医院承継(第三者承継)は、行政手続きなどもあるため、早い段階から専門家にご相談されることを推奨します。

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執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
イノベーション FAプラットフォーム
シニアアナリスト 三枝 真也

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