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飲食業を見極める

レポート

M&A

昨今非常に重要なテーマである飲食店に関するコラムを続けます。
今回のテーマは「飲食業を見極める」です。

1. 街の歴史と飲食の名店

東西線の茅場町、一昔前のビジネスマンであれば「証券会社の集積地」とだれもが答える街です。昭和バブルの時代以降、超一流企業を志向する会社は東西線を西へ「日本橋」「大手町」へ本社を移し、システム部門やトレーディング部門は同じく東の深川へ、米系欧州系の会社へ転職する勢力は六本木や恵比寿へ、ブティックとして創業する勢力は北の水天宮や南の八丁堀へ少しずつ移動してしまい、平成以降その集積は解消されていきました。

集積が解消されてしまう前、昼食をとる時間帯で分類すると、この街には何種類ものビジネスマンが生息していました。9時に証券取引所での「立会い」が始まるということは、その時間までには一定量の注文を取り終わっていなければ取引を開始できませんので、海外市況・ニュースフローを分析する部門や、それを使って顧客に情報を提供する部門では、午前6時台ころから業務を始めなければならない人もたくさんいました。そういった業務を担う人たちは午前の取引が終わる11時にはすでに5時間近くも働き続けているわけですから、前場が閉まると即座に街へ出て昼食を物色することになります。

その一方で、証券取引と直接関係を持たない本社機能も多く、広報部、人事部、企画部などの人材は他の業種と同じように12時ちょうどに昼食をスタートしますし、営業をサポートするような部門であれば、フロント部門が昼食を終え午後の取引の準備を始めるような時間帯が昼食に最も適した時間帯であったりもして、昼食のスタートが午後1時以降になってしまうなどということもよくあることでした。築地が隣町ということもあり、努力をしておいしい昼食を提供する飲食店であれば、11時から1時30分まで2時間半にわたり行列が絶えない、などということもよくありました。

さらに、いわば「勝負の町」でもありますから、夜は夜で、そういった評判のお店が、投資の成果であれ営業の成果であれ、満足できる結果を得た人間たちでにぎわったことは言うまでもありません。クオリティの高い食事を提供するお店が昼夜を問わず例外なく繁盛する、飲食業の隠れた聖地であったと思います。

2. 高利益率の飲食店

大阪環状線の小さな駅前にあったコロッケ屋さんのビジネスモデルも強く印象に残っています。そのお店は70歳を超える女性がオーナーで、パートタイマーである同世代の女性を雇ってたった二人でお店を回していたのですが、「ラードで揚げる香ばしさ」が病みつきになるおいしさで、ほとんどのお客さんの注文は「揚げたの10個と生の10個」というようなスケールで買っていかれるため、山のように仕込んだコロッケがみるみる減ってゆき、毎日小一時間で売り切れてしまうのです。

ある時その店のオーナーと交わしたやり取りはいまだに忘れられません。

「○○さん、コロッケはいったい一日に何個売れているのですか?」

「毎日1,100個仕込むんやなぁ」

衝撃でした。一個90円でしたから10万円の売り上げです。

「仕込みは何時に始めるのですか?」

「毎朝1時半に起きんとなぁ」

開店時刻は午前10時です。8時間も一人で仕込みをしてパートさんが来て店を開けると小一時間で10万円を売り上げてシャッターを閉めるのです。年間売り上げはざっと2,500万円から3,000万円。売上原価も販売費一般管理費も、きわめて低水準に制御されていることはすぐにわかりました。

3. 飲食業と立地

飲食業の成功のカギが立地にあることは確かなようです。ですが立地として人通りが多ければ多いほど飲食業に適している、という話ではなく、立地とサービスがマッチしているかどうか、という点がポイントなのかもしれません。ハワイは不便な場所にあるからこそ価値がある、という論は飲食業ではよく引用される哲学です。あるいは有名ハンバーガーチェーンの「二等地戦略」もよく知られた話であり、要するに、場所にかかわらずおいしいものが提供できればお客さんは来てくれる、ととらえられているようです。インターネットで飲食店情報が流通する現代においては、その傾向は強まっている可能性もあります。

4. 好立地の飲食店

都心のオフィスビルにはほぼ例外なく、そこで働く人、仕事で訪れる人を想定顧客とする飲食店が入居しています。大手のチェーン店も少なからず入っているのですが、一方でそのビルならではの「地場」の名店の別店舗を新しいオフィスビルの目玉として誘致して名物となっているような事例も数多く存在しています。ただしいずれを見ても、そういった飲食店の採算ラインは、当然ながら「満席フル回転」の売上高を所与のものとして計算されており、その前提で家賃や人件費と提供する商品の価格を決定しているため、ウィズコロナの戦術が求められる今この瞬間に成立するものとはなっていません。地方でも、集客力が売りのショッピングモールで、レストラン街やフードコートに出店しているような飲食店は、都心オフィスビル同様に悩ましい問題を抱えているのです。

5. 飲食業を見極める

飲食店の開業は大変魅力があります。顧客に受け入れられさえすれば短期間にクリティカルマスを超えることが可能で、イノベーションの波にさらされる業種でもありません。お客さんに喜んでもらえる仕事でもあり、比較的マージン率も高いということもできます。

それはM&Aを通じて取得するケースでもあてはまります。一方で、現在進行中の上場飲食企業のTOBに関して、なぜその成立の可否が注目されているかについてはよく考える必要があります。つまり、オーナーが代わること(あるいは筆頭株主の支配力がかわること)で発生する変化が、顧客に受け入れられるものであるかどうか、という判断が難しく、そう簡単には答えが出ないと考えられていることです。

飲食店の場合、経営効率が良くなることは一般的に、調理などの「手間を惜しむ」ことを消費者に連想させるため、評価を下げてしまうというリスクがあります。しかしそのような変化がないということは同様にリターンの向上もないことを意味しており、取得する価値も低いということになってしまいます。一般的な業績や立地条件、顧客層などだけで判断することが難しいのもこの業種の特徴であるわけです。一方で例えば、現オーナーがシェフでもあり、シェフとしての役割への注力が大きく、その評価は高いものの、マネジメントとしての業務負荷に堪えられていない、アルバイトの採用力がネックだ、資金繰り対応が運営の最大の障害だ、というようなケースでオーナーがシェフに専念したい、と考えているような事案であれば、取得の価値は大変高くなります。突き詰めると「おいしいものが食べられるお店を、その味を提供できる形で取得できるかどうか」というところを見ていかなければならないのかもしれません。某有名グルメガイドブックに関してのエピソードです。元祖のフランスでは全国をカバーする一冊だけ。一方日本ではこれまで東京だけでなく地域版も発行されたことがあり、それが成立するということからも、飲食店の数は多く種類も豊富で平均レベルがとても高いことがわかる、と評されています。

Go To Eat キャンペーンもスタートしますし、「満席フル回転モデル」が復活することを期待しています。

M&Aプラスでぜひ「飲食店」を検索してみてください。

執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
イノベーション FAプラットフォーム
ヴァイスプレジデント 先崎 知之

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