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クリニック開業時に検討すべき医院承継(第三者承継)とは(後編)

医業承継

M&A

中編では、「クリニック経営におけるヒト・モノ・カネ・情報」を整理しました。後編では、「医院承継時のバリュエーション」と「医院承継のメリット・デメリット」について考えます。

5. 医院承継時のバリュエーション

「バリュエーション」とは、売買価格をある根拠に基づき、算定することです。

医院承継において売買価格はどのように決まるのでしょうか。基本的には当事者間が納得する価格で決まります。納得する背景には、少なからず何かしらの根拠があります。当然にして売手と買手ではその根拠は異なるため、価格を決定するまでに色々と交渉が行われるわけです。

通常M&Aなどの売買価格の算定方法は、大きく3つのアプローチに分けられます。①マーケット・アプローチ、②インカム・アプローチ、③コストアプローチです。これらの詳細は、ほかに譲りますが、代表的な算出方法として、マーケット・アプローチでは類似会社比較法があり、インカム・アプローチではDCF(Discount Cash Flow)法があります。

しかしながら、医院承継においては、類似会社比準法やDCF法による算定は難しいように思えます。株式会社の場合、証券取引所があり、日々公開会社の株式が取引されており、価格算定に活用できるデータが蓄積されていますが、医療法人は公開会社がないため、そのデータが存在しません。また、株式会社と医療法人の仕組みの違いがあるため、株式会社のM&Aで通常利用される算定方法が、必ずしも適切とは言えません。

クリニックにおける医院承継時の買収価格の算定方法のひとつとして、「時価純資産価額法±α」が考えられます。「時価純資産価額法」とは、簿価上の資産および負債について時価で評価し、それを売買価格とする方法です。

「+α」の加算項目のひとつとしては、将来の収益性です。「時価純資産価額法」は貸借対照表のみをベースに算出されており、将来の収益性は加味されていません。

「-α」の減算項目のひとつとしては、買手の限定性です。医院承継の場合、買手は、原則医師・歯科医師に限定されます。買手が見つからない場合は、最終的に売主は廃院による撤去費用を負担するので、双方のメリットを考えると柔軟な価格交渉が望まれます。

また、簿外債務についても注意が必要です。簿外債務とは、貸借対照表に掲載されていない債務のことです。M&Aでは一般的に、債務保証、デリバティブ、未払給与・退職金などがあります。医院承継の特有な簿外債務としては、医療訴訟リスクなどが考えられます。

あくまでもこれらの加算・減算項目は一部に過ぎず、このほかにも検証事項はたくさんあります。また、この算出方法自体も万能ではありませんので、案件ごとに専門家に確認することを推奨します。

冒頭に「売買価格は、当事者間で納得する価格で決まります。」と説明しておりますが、この点がかなり重要です。通常、売手は高く売りたいですし、買手は安く買いたいものです。ロジカルに算出された売買価格でも、最終的には当事者双方の納得がなければ、成立しません。

現在でも医科・歯科クリニックの開業は、「新規開業」の方が当たり前という風潮があり、「医院承継」は少数派です。しかしながら、現医院長の高齢化に伴い「医院承継」を望まれる方は確実に増えております。そのため、「医院承継」においては、買手が優勢という状況です。「医院承継」のメリットでもある「新規開業よりも投資額を抑制できること」をバリュエーションに反映させることが、「医院承継」成功のポイントとなります。

6. 医院承継のメリット・デメリット

医院承継のメリット・デメリットを以下に、まとめています。

図表8 医院承継のメリット・デメリット

(1)メリット

「医院承継」の最大のメリットは、クリニック経営を学べる良い機会を得られることです。承継後は、前医院長にフルタイムではなく、週数日勤務いただきながらの引継ぎを推奨します。勤務医の場合では、医師としての経験を豊富に積めても、経営者としての経験を事前に積むことは難しいでしょう。前院長が、長年クリニック経営をされてきた経験の中には、今後も活かせる“経営の真理”が隠されています。良い点はしっかり継承しつつ、自分ならではの色を足していくことがクリニック経営成功の近道になることでしょう。

また、従業員の採用コストやマーケティングコストも抑えることができます。事業投資の観点からすると、投資額を抑えてクリニック経営ができる点も大きなメリットであるといえます。

(2)デメリット

既にあるクリニックを第三者から引き継ぐため、自身の考えを反映させにくい点がデメリットです。「医院承継」で経営資源を引き継ぎつつ、クリニック経営を学んだうえで、移転や分院の新設の際に自身が考える理想のクリニックを創り上げても良いのではないでしょうか。

今回はクリニック開業時おけるひとつの選択として「医院承継」を説明させていただきました。「医院承継のメリット・デメリット」をしっかり理解して、検討いただければと思います。「医院承継」の際には、最終的に行政手続きなどが必要になるため、その道の専門家に手続きを依頼することを推奨します。

新型コロナウイルス禍で、目下医療の現場の方々は、奮闘され、非常に苦労されているかと思います。日本の医療を支えている皆様に感謝します。

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執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
イノベーション FAプラットフォーム
シニアアナリスト 三枝 真也

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