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日本のツーリズム産業の復元力

レポート

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観光庁の訪日外国人消費動向調査によると2020年1-3月の訪日外国人旅行消費額は6,727億円(前年同期比▲41.6%)となっています。宿泊費は2,040億円(同比▲30.3%)と、ホテルや旅館にとっては厳しい状況にあります。都道府県を跨ぐ移動も自粛する傾向が続きそうで、今後さらに厳しくなることが予想されます。

この状況から日本のツーリズム産業が復活できるのか、大きな戦略転換を迫られるのか、縮小を余儀なくされるのか、M&Aアドバイザーが判断を求められる場面がやってくるかもしれません。

1. ホノルルのラーメンは高い

ハワイへ貧乏旅行をした時のことです。昼食などは余計な費用が膨らまないように、屋台やフードコート、日系のチェ-ン店などを物色することになりますが、ある日の昼食時、フードコートにラーメン店を発見しました。のぞいてみますと「SHOYU」「MISO」「TONKOTSU」といったような、日本人である私たちから見ればややルーズな印象のメニューが並んでいます。価格は基本メニューが14ドルくらいからとなっているわけですが、東京のラーメンに慣れ親しんでいる私たちにとって満足できる品質ではないだろう、と予想しながら同時に「それで14ドルとはホノルルはなんとけしからん街だ」などというありふれた感想が思い浮かんでいたのです。しかし東京へ戻っておいしいラーメンをいただきながら、待てよ、と考えました。日本ではたくさんのラーメン店が、それぞれ工夫に工夫を重ねて、独自色を競い合いながら過酷な競争をしています(のみならず成功した製法の新アイディアは、集団の英知となって共有されます)。価格はといえば、ご承知の通り基本メニューは7ドルくらいのものです。「ホノルルがけしからんというよりも、東京が特殊なのではないか」。世界中の人が食べているラーメンは概ね、ホノルルのものに近い品質と価格のものなのだろうと想像することができます。ということはいろいろな国の人々にとって、東京へ来ると異次元のおいしさのラーメンが、自国の半額で何種類も楽しむことができる、ということになるのではないでしょうか。実際に東京に来た目的の一つに「ラーメン」を挙げる外国人ツーリストのインタビューやエピソードを目にすることもよくあります。

2. 物価低迷の功罪

一方で、昨今日本の物価というものは国際的な比較において、先進国のものではなくなった、それどころか発展途上国よりも低価格の商品やサービスが大変増えてきた、という議論が「嘆かわしい」というニュアンスで語られています。物価が上がらないことの弊害は今更論じるまでもなく、わが国経済を苦しめてきました。物価下落により「実質成長をしている」などというマクロ判断はまやかしだ、という主張にも頷ける部分はあります。生産性指標の国際比較においても当然マイナスの要素です。

しかし、他国では倍近いコストを払っても受け取ることができない水準の商品やサービスを享受することができる、ということはまさに「実質所得が高い」ことを意味しており、消費者としては極めて幸運なことです。これをもたらしているのはいったい何なのでしょう。複雑な問題で簡単に結論を出すことはできないでしょうが、多くの見返りを要求せず勤勉に努力をするという国民精神、社会精神が一つの要因として考えられそうです。ラーメンというのは、わかりやすく、典型的な例なのだと思いますが、日本国内の高品質・低価格ぶりは、わたしたちが感じている以上に、世界的に見て非常に高いレベルである可能性があるということができます。

3. ツーリズム産業の復活は

近年のインバウンド景気といわれるツーリズム産業の大躍進は、日本の産業構造が変化してゆく可能性を感じさせるものでした。2011年に622万人だった訪日外国人旅行者数は、2018年の統計で3,119万人となり(図1)、国別ではこの年世界11位の観光大国になっています(図2)。多層的な要因に支えられたものですが、前述したように勤勉で欲がないという国民精神、社会精神、あるいはもっとシンプルに「国民性」に支えられている部分があるとすれば、それはそう簡単に変化するものではなく、高品質・低価格の商品やサービスがもたらす「驚き」は非常に再現性が高いものであることが期待されます。

図表1訪日外国人旅行数の推移(年別)
図表2 世界各国・地域への外国人訪問者数

ウイルスとの戦いに際し、最もダメージを受けているツーリズム関連産業、3月の訪日外国人旅行者はピーク時(2018年7月の299万人)からは93.6%も少ない19万3千人、4月はピーク比1,000分の一となる2千900人となった模様です(図3)。世界中の人が以前のように旅行をするようになるのがいったいいつになるのか、今はまだ全く分かりません。図2で上位に示された観光大国ほどダメージが大きいことも感染拡大との因果関係を連想させ、現状は悲観的な予想が大勢を占めていると思います。

図表3 訪日外国人旅行者の推移(月別)

世界中の国々で経済活動が段階的に再開されており、それは金融市場においてもひところはかなり好意的に受け止められていました。「段階的に」といわれるのは、可能な分野から、必要性が高い分野から順番に、という意味を含んでいますから「レジャー」に関連する活動が再開されるのは最終段階になることは避けられません。ツーリズムの中で見ても外国旅行は最もハードルが高く、必要度が低いと判断されることも覚悟しなければなりません。長い時間を耐えなければならないことになりますが、やや意外なデータもあります。2019年1年間の訪日外国人旅行消費額4兆8,135億円に対して、日本人旅行消費額は21兆9,312億円という規模を誇ります(観光庁 旅行消費額調査)。日本人による国内旅行市場のほうが約4.5倍の大きさがあるわけです。訪日外国人の回復なしでもある程度の期待が持てますし、もう一度図2を見てみれば、観光大国の中で最も感染被害が小さかったともいえるわが国が、世界の旅行者から再開後最初の訪問国として選択されることもあり得ないことではありません。世界経済が成長を再開するフェーズにおいては、旅行産業がわが国経済を長期にわたり支える存在になる可能性は依然として高いと考えています。

執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
イノベーション FAプラットフォーム
ヴァイスプレジデント 先崎 知之

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