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パン屋さんの倒産急増の要因とは

レポート

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私たちの身近な存在であるパン屋さんの倒産が、最近になって目立っています。パン屋さんが直面する課題と取組について考えていきます。

1. パン屋さんの倒産が急増している

先日ミルクフランスを食べながらインターネットで情報収集を行っていた際、「パン屋の倒産件数が過去最多」という調査結果が目に入りました。これまで年間15件程度で横ばい推移していたパン屋さんの倒産件数が2019年は31件と倍増し、過去最多を記録したというのです。

近年は1世帯当たりのパン支出額も増加傾向にあり、高級食パン専門店の拡大や、定額制で全国有名店のパンを宅配で受け取れるパンサブスクリプションサービスの登場など、空前の「パンブーム」となっています。コッペパン専門店に従事する知人からも非正規社員の時給上昇や、増収による臨時給与の発生など景気の良い話が多く聞かれます。

市場全体が勢いを増す中、今回の倒産急増にはどのような背景があるのでしょうか。

2. 倒産先の特徴

帝国データバンクの調査結果を見ると、昨年倒産したパン屋さんには一定の共通点がありそうです。それは倒産先がいずれも「老舗」で「小規模」であるということです。倒産先のうち、業歴別では30年以上が3割超と最も多く、負債規模別では5,000万円未満が7割超という結果となりました。

従来からの薄利多売ビジネスモデルに加え、コンビニを含む競合の増加、人手不足、後継者難が業況を圧迫していることが、地域に根差したパン屋さんの倒産増加に大きく影響を与えていると考えられます。

図表1.パン製造小売業者の倒産件数推移

図表1.パン製造小売業者の倒産件数推移

図表2.倒産先パン製造小売業者の比率(業歴別)

図表2.倒産先パン製造小売業者の比率(業歴別)

図表3.倒産先パン製造小売業者の比率(負債規模別)

図表3.倒産先パン製造小売業者の比率(負債規模別)

3. 高級食パン専門店と街のパン屋さんの違いとは

では、「パンブーム」に乗って急拡大を続けている高級食パン専門店と、倒産・廃業を選択せざるを得ないパン屋さんとではどのような違いがあるのでしょうか。

著名なベーカリープロデューサーのもとで運営を行う高級食パン専門店にはマーケティングノウハウという大きな武器がありますが、同じ商材を扱っているにも関わらず、小規模なパン屋さんとの事業の方向性にここまでの大きな差が出る要因は他にも存在すると考えています。それは、業務の「標準化」です。

ある高級食パン専門店では、未経験者であっても1か月程度の所定研修を受講することで、製造から販売までの全ての工程をこなせるようになるそうです。つまり、従業員育成から商品提供までの「標準化」を徹底的に行っており、「いつ誰が作っても同じパンを提供できる」体制が構築されているのです。事実、高級食パン専門店には、客層のシナジーを期待した異業種(ハウスメーカーや介護業など)からの参入も多く、顧客囲い込みの手段として注目を集めています。

ちなみに知人の従事するコッペパン専門店でも、オペレーションの「標準化」が徹底されています。具材製造は運営元が考案した詳細なレシピを基に全て非正規社員で対応するため、常に同じクオリティの商品を提供することが可能です。そのため、例え非正規人員の入れ替わりが発生したとしても業務の引継ぎが容易で、生産キャパシティさえ確保できれば多店舗展開も検討しやすい業態となっています。

4. 業務の「標準化」が意味するものとは

一方、小規模のパン屋さんの場合は、オーナーのみが知るレシピ、製造工程や経理体制のもと事業運営を行っている先が多いため、極めて属人的な業務に対する引継ぎの困難さが事業承継のハードルを高めてしまっています。

オーナーに事業承継という選択肢がある場合は、代表的な商品のレシピや店舗運営ノウハウなどをできる限り「標準化」しておくことで、承継候補先の幅を格段に拡げられる可能性があります。このことはパン屋さんに限らず、飲食業を始めとした小規模で属人的な業務が多い業種全体に言えることではないでしょうか。

以前このようなことがありました。私と親交のある洋菓子店のオーナーは、後継予定だった一人息子から突然承継を拒否され、当時非常に頭を悩ませていました。オーナーは将来息子とともに厨房に立ち、製造工程から金融機関取引などの運営ノウハウまで、時間をかけて直接伝えていくつもりでいましたが、状況が一変してしまいました。そこでオーナーは急遽、従業員と顧客を守るために、最ベテランの製造担当社員へ承継の打診をすることにしたのです。

ベテラン社員への円滑な打診方法を模索した結果、息子へ伝える予定だった事項を全てマニュアル化し、一つずつ丁寧に説明することにしました。その結果、交渉がスムーズに進み、承継の応諾を得ることが出来ました。予期せぬことがきっかけではありましたが、業務の「標準化」を実施したことで、事業承継の新たな道が開け、地元で長年愛されてきた洋菓子店は廃業せずにすんだのです。

属人的業務の多い業態にとって業務の「標準化」を実施するということは、事業承継問題の解決に大きく寄与します。後継者不足に悩むオーナーが、早い段階から「標準化」などの事業承継に向けた準備を進めることにより、これまで地域の人々に笑顔を提供してきた店舗や企業がひとつでも多く、1日でも長く存続できることを、切に願います。

執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
イノベーション FAプラットフォーム
シニアアナリスト 牟禮 貴史

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