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知的財産管理体制 -DX推進における知財MIX戦略の構築-

基礎知識・ノウハウ

M&A

 従来、「知財戦略」というと特許を中心として語られることが多かった。しかし、DXの推進、UI・UXに代表される技術+デザインの重要性の高まりなどを受け、特許権だけではなく、その他の知的財産権を重畳的に保護・活用する「知財MIX戦略」が求められつつある。

本コラムではDX推進に伴う知財リスクの整理、及び対応するための知財MIX戦略に向けた法域別の論点整理、及び対応するための知財管理体制のポイントを整理した。

1.DXと知財MIX戦略

 DXという概念は既に世の中に浸透しつつあり、その定義は経済産業省が公開するDX推進ガイドラインによると「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データやデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務や、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」というものである。しかしながら、DX化において活用されるデータやデジタル技術には様々なものがあり、それらに関連する知的財産も異なる。

 具体例をいくつか挙げてみる。

・ DXの推進に伴い得られる多種多様な「データ」
・ UI・UXに代表される技術+デザインの重要性の高まりに伴う「意匠」
・ ソフトウェア開発、データセット構築により得られる「著作物」
・ ノウハウ化による優位性確保(オープン・クローズ戦略)による優位性確立に伴う「営業秘密・ノウハウ」
・ アプリなどBtoCビジネスの拡大に伴う「商標」 など

 さて、従来の「知財戦略」は特許を中心として語られることが多かったように思える。しかし、上記のような背景から営業秘密、意匠、商標、ノウハウなどを組み合わせた知財MIX戦略がDXを推進するうえで求められている。ここで知財MIX戦略の特徴を整理する。

 まず、一つ目の特徴は、保護・活用すべき知財は大きく拡大することにある。知財MIX戦略への変化・拡大に伴い、知財ポートフォリオの価値は、特許ポートフォリオの価値に加えて、営業秘密・ノウハウ、データ、その他知財(著作権、意匠、商標)の価値の総合値で評価することが重要になってくる。(図1)

【図1】知財ポートフォリオの価値の拡大

図1

 二つ目の特徴は、戦略の方針の変化である。

 従前の特許を中心とした知財戦略では、「自社事業保護のための特許出願」、「自社製品・自社領域に紐づく特許ポートフォリオの構築」、「出願を中心とした知財業務」などを検討の軸にすることが多かった。

 しかし、知財MIX戦略では、「特許のみならず他法域も活用した重畳的権利取得」によるビジネス保護の強化が求められる。また、ソフトウェア開発などは自社単独で完結することは多くなく、他社を巻き込んだアライアンスやエコシステム構築を見据える必要がある。そのため、自社製品・自社領域のみならず「アライアンスを意識した知財ポートフォリオの構築」が求められる。さらには、出願業務に加え、データのやり取りに伴うデータ保護、アライアンスやエコシステム構築を意識した「契約・交渉における知財業務」も必要となってくる。(図2)

【図2】知財戦略の方針の変化・拡大

図2

 DX推進はあらゆる企業において重要なテーマとなっている一方で、DX推進に伴う知的財産の扱いについては十分な検討がなされていないケースが多い。単にDX化を進めるだけでは、その先に待つ知的財産リスクに対応できない。

 本コラムではDX推進に伴う知財MIX戦略をテーマに、論点整理と管理体制構築に向けたポイントを解説したい。

2.開発成果物を保護する知的財産権

 DX技術は、大きく「データ収集・蓄積」「データ分析・処理」「デジタルサービス」に分類することができる。(図3)モノや業務の状態を示すデータを分析することにより、顧客体験や業務改善につながるデジタルサービスを実現していくことができる。

【図3】DXに用いられる技術例

図3

 これらDX技術の実現には、データを解析しサービスを実現するためのソフトウェア開発が欠かせないものである。開発成果物として、ソフトウェア(アプリ含む)、技術ノウハウ、生データ(個人情報・マーケット情報など)、データセットなどが挙げられる。

 それら開発成果物を保護する知的財産権を整理する。(表1)いずれも不正競争防止法により営業秘密として保護が可能である。加えて、重畳的な保護が可能な開発成果物として以下が挙げられ、重畳的な保護を試みることが望ましい。

【表1】開発成果物と関連する知的財産権

表1

 ここで、特許以外の知的財産法における近年の裁判例を示す。(表2)

【表2】DX関連の訴訟事例

表2

 画面デザインの意匠権侵害が争われたアップルとサムスンの訴訟事例や、プログラムの著作権侵害が争われたグーグルとオラクルの訴訟事例など、上記の他にも注目すべきソフトウェア関連の紛争が存在する。他社の知的財産権を侵害して裁判に巻き込まれてしまった場合や、自社のソフトウェア資産を知的財産で保護できずに他社に模倣されてしまった場合には、自社の事業に大きな影響を及ぼしかねない。このような知的財産リスクを抑えるために、DXを推進するうえで検討すべき知的財産の論点を把握しておく必要がある。

3.DXを推進するうえでのステークホルダー別の知財整理

 DX推進に伴う知的財産リスクは業務プロセスに沿って考えることができる。各業務プロセスについて、生じ得る知的財産リスク例を以下のとおり整理した。(図4)

【図4】業務プロセス別の知的財産リスク例

図4

 図4の整理に従うと、そもそもの情報管理体制の構築に始まり、戦略策定からサービス提供まで業務プロセス全体に多くの知的財産リスクが存在していることがわかる。他社との紛争がこれらの一部にでも生じた場合には、サービス提供が困難となることもあり得る。自社の業務プロセスに照らして、どのようなステークホルダーとの間に、どのような知的財産権に関するリスクが生じ得るのかを、まずは認識する必要がある。

4.知財別の論点整理

 図4に示した知的財産リスクをふまえると、DX推進に関連した業務プロセスの知的財産リスクは各法域の知的財産権に関連して生じる可能性がある。知的財産権毎に、知的財産リスクに対応するために検討すべき論点を紹介する。

特許の論点

 ソフトウェア資産のうち、アルゴリズム、学習モデル、アプリケーションは特許法による保護が可能である。

 特許権を保有することにより自社事業の保護を図ることができる一方で、特許権の取得には特許出願が必要である。また、開発したソフトウェアを使用したサービスが他社の特許権を侵害した場合には、サービス提供の停止や損害賠償金の発生を招くおそれがある。このため、特許に関しては以下のような論点を検討する必要がある。

・ 事業規模に応じた適切な特許件数
・ 他社特許権を侵害していないか

著作権の論点

 著作権は、ソフトウェア資産を幅広く保護できる知的財産権であり、アルゴリズム、ソースコード、仕様書、学習モデル、アプリケーション、データセットを保護することができる。

 著作権を利用することで他社による模倣を抑えることができるが、著作権はソフトウェア資産の発生とともに自然的に生じるものであることから、自社がどのような著作権を保有しているのかを把握・管理することが難しいという側面がある。また、特許権と同様に他社の著作権を侵害した場合には、他社との紛争に巻き込まれるリスクもある。このため、以下のような論点を検討する必要がある。

・ 著作権として管理すべきソフトウェア資産と、その発生タイミング
・ 他社著作権を侵害していないか

営業秘密の論点

 すべてのソフトウェア資産は不正競争防止法による営業秘密として保護し得るものである。まずは、自社のノウハウを不正競争防止法上の保護対象としての営業秘密とするための要件をどう満たすかを検討することが重要である。一方で、営業秘密に関する知的財産リスクとしては、転職者等から他社の営業秘密が流入することも検討しなければならない。このため、以下のような論点を検討する必要がある。

・ 不正競争防止法の保護対象としての要件を満たすための管理体制
・ 営業秘密が流入しないための制度設計
・ 営業秘密の流入出を抑えるための社内風土の醸成

意匠・商標の論点

 ソフトウェア資産のうちのアプリケーションは、意匠権・商標権によっても保護することができる。意匠権・商標権については、特許等の他知的財産権とどのように組み合わせることで最も効果的に自社事業を保護することができるのか、という点を含めた知的財産MIX戦略の立案が重要なポイントである。

 上述の知的財産権の他、データについては各国の規制に対応した特有のリスクが存在する。ソフトウェア開発にはデータの活用が欠かせないことから、データの規制に関する以下のような論点についても検討しておく必要がある。

・ 個人データ利用の制限
・ AI倫理

5.知財管理体制を検討する際のポイント

 上記の論点へ対応するためには、以下の例示する知的財産関連業務の管理・ガバナンスの体制整備が、知的財産リスクを低減するうえでの第一歩であると考えられる。

・ 知的財産権の管理方法(管理システム、管理プロセス等)
・ 知的財産権に関する社内規程(職務発明規程、グループ知財管理規程等)

 上記に例示した体制整備を行っていくうえで重要なポイントを3つ挙げる。

 まず、何を管理するのか、「必要な管理機能の整理」が必要となる。具体的には、ソフトウェア開発業務プロセスに照らして必要な、管理機能(ソフトウェア資産管理、機密情報管理など)を整理する必要がある

 次にどれくらいの業務をいつ実施するのか、「管理業務のボリューム/タイミングの整理」が必要となる。各管理業務のボリュームをふまえて、現実的に実行し得る管理体制を構築する必要がある。ボリュームは、管理の仕組みづくりのみでよいのか、又は仕組みを作ったうえで管理担当者が管理実務を定常業務として行うのかという観点や、管理対象物の数、管理業務の実施頻度等の観点をふまえて検討すべきである。

 最後に、誰が管理を担当するのか、「管理担当者に求められるスキルの整理」が必要となる。例えば、ソフトウェア技術に関する知見や、各種法制度への理解等、管理実務を行ううえで管理担当者に求められるスキルを整理する必要がある。

6.クロージング

 DX推進などを背景に知財戦略は、特許のみならず他の法域なども活用した知財MIX戦略へ変化・拡大している。本コラムでは、DX推進により得られる成果物と知財の関係性を整理し、各法域の論点への対応に必要な知財管理体制を検討する上でのポイントを述べた。

 DX推進に伴う知的財産リスクは、事業に及ぼす影響が大きい可能性がある一方で、本コラムに記載の論点や体制を検討しておくことにより未然に防ぐことができるものである。確実なDX実現のためには、事業戦略だけでなく、知的戦略を含めたDX戦略の立案が肝要であると考える。そして、知財戦略の実現には、知的財産管理体制が重要である。

 本コラムが知財管理体制の検討の一助になれば幸いである。

 また、知的財産管理に関するコラムは全2回であり、第1回として2022年8月1日に「本社と子会社における知財の一元管理と分散管理」に関するコラムを掲載している。

 貴社の知財管理体制を検討するにあたり、本コラムとあわせて参考にしていただきたい。

<ご参考>
知的財産アドバイザリーHP
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/strategy/topics/intellectual-property.html

執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
TMT/知的財産アドバイザリー
ヴァイスプレジデント 沼田 岳、シニアアナリスト 網中 裕一

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