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資本循環という課題

基礎知識・ノウハウ

M&A

2022年3月期決算企業の大半がすでに決算発表を行いました。国際情勢、およびそれも影響した原材料価格上昇などの不透明要因から、当期見通しはやや慎重になったと思われるものの、コロナショックの影響に限れば、大企業の収益力の持ち直しは、明確なトレンドとして認識されています。製造業の純利益は68%の増加、非製造業では12%の増加だが、これは「通信大手企業1社による7兆円の減益要因を乗り越えて達成された数値」であり、この影響を排除すると、全業種の集計で75%の増益だった、と新聞報道されています。

一方で中堅中小企業に関しては、新型コロナウイルス感染症のアンケートなどにみられたように飲食、宿泊などサービス業70%以上、小売業のおよそ3分の1が大幅なマイナスの影響が発生しているといった状況から、目に見えた改善があるとは考えづらい状況です。

政策的な感染症対策が最も強化されていた時期においても、日本を含めた世界の株価は、ショックを乗り越えて上値を追う展開が続いていました。金融政策の拡大による「カネ余り」にその原因を求める論も盛んですが、上記からは基本的に、コロナウイルス感染症による大企業業績への影響が、中堅中小企業と比べて軽微であったことが本質的な原因の一つであろうと考えられます。

1.バブル崩壊との比較

この状況は1990年代に発生した、日本のバブル崩壊ショックと正反対の状況でありながら、見落とされがちな類似点があることに気づかされます。

1990年1月、バブル崩壊に関連して最初に観測された現象は株価の暴落でした。日経平均株価は1989年12月の38,900円から3か月間で30,000円割れ、1990年10月には20,000円すれすれまで、平均株価がほぼ半値になるという大暴落が起こったわけです。

しかしこの時点では不動産価格はまだ下がり始めていませんでした。時代のムードは「株価は単にはしゃぎすぎた反動であり、日本の不動産は国際金融センター東京を中心に貴重であり価値が高いはず」といった見通しによる価格上昇が続き、日本経済全体でみたバブル景気のピークは1991年から92年にかけてであったことが定説になっています。

つまり当時も「ダメージが顕著なセクター」から「当初は影響が軽微だったセクター」へ時間をかけて影響が広がり、やがて全業種全産業が不況に見舞われる結果となったのです。この経緯を追ってみますと、まず建設、不動産、金融の3業種が株、不動産など資産価格下落の直撃を受け、ノンバンク、商社、大手流通など負債比率が高く、かついわゆる「財テク系の資産」を多く保有していたセクターで、さらに大きなバランスシート毀損が発生してしまったのです。

公的資金注入で過剰債務企業の不良債権処理が進み始めるまでに、大企業、大銀行の責任論への対応など、多大な時間を要したことも傷を深めてしまったかもしれませんが、これによりトレンドが反転し、ようやく経済が前向きに転がり始めたことも事実です。

2.負債と資本

コロナショックでも、宿泊、陸運、空運、飲食店、小売業といった特定の業種にダメージが集中している、という共通点があります。こちらは大銀行、大企業の責任論とは無縁であることから、同様の問題は発生せず、公的資金の直接注入ともいえる「補助金・給付金制度の拡充」が迅速に行われ、一定のダメージコントロールに成功していると考えられます。ただバブル崩壊処理時と異なる点を一つ挙げるならば、コロナ関連特別融資制度の活用などによる負債の増加を伴っている点です。

いわば「コロナショックからの回復によりもたらされる業容改善で債務が返済されるシナリオ」というべきものであり、まさにバブル崩壊後の不良債権処理を妨げていた議論と同種のものです。今ダメージを受けている業種に必要とされているのは、負債としての資金ではなく「資本としての資金」の供給なのではないでしょうか。

3.DESとM&A

1990年代から2000年代初頭にかけて、処理の方法として大企業に対して盛んに活用された資本供給手段の一つに、デット・エクイティ・スワップ(DES)がありました。貸出債権を優先株式に転換することで、バランスシートのデット・エクイティ・レシオを改善する方法です。債権を持つ銀行が優先株への出資として提供する資本性の資金を、企業が負債の返済に充てる、という図式を簡易にしたものともいえますから、資金の提供者は「公的資金の供給を受けた銀行」であったわけです。

この方法が機能した理由のひとつとして、限られた過剰債務企業が対象であるため、銀行の管理を徹底することができたから、という点は見逃せません。同様の方法を今後コロナショックの処理に活用しようとしても、全国の宿泊、飲食店、陸運、小売りという無数の企業を対象に行うことができる方法とはいえないのです。資本性資金の提供者は銀行のほかにいないのでしょうか。

期待したいのは、株価など資産価格上昇の恩恵を受けており、貸借対照表上も損益計算書上も、ほとんど毀損が発生していない、上場企業を中心とする大企業からの「資本循環」です。

内部留保の厚みが批判されてしまうこともある上場企業では、増配や自社株買いなどの株主還元を発表するケースが引き続き増加していますが、こういった視点で本来批判されるべきなのは、内部留保の厚みではなく、現預金など非事業性資産の厚みのほうであり、いかに価値ある投資機会を見つけ出すか、という取り組みを求めることがより本質的です。

各地の中堅企業、中小企業のなかから自社に有効な投資機会を探して資本を提供するには、絶好の時期であると考えている上場企業は数多く存在していて、M&Aという方法も有力な手段なのですが、効率的な情報流通の場が足りないことも問題の一つです。

M&Aプラスは、多数の地域金融機関に会員として利用いただいており、上場企業からのアクセスも豊富です。大企業と地方企業の出会いの場としてM&Aプラスの活用の検討をお願いいたします。

執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
イノベーション事業部 FAプラットフォーム
ヴァイスプレジデント 先崎 知之

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