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円安における商品の値上げと「ハンディキャップ理論」

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動物行動学における「ハンディキャップ理論」をご存じでしょうか。

通常、動物はより強くより速くより賢い個体や、より合理的行動をとる個体、より環境に適した個体が生き残り、遺伝子を残します。その過程で、突然変異と淘汰を繰り返されること、行動特性は遺伝することから、当然世代を追うごとに集団の合理性が高まるはずです。この種ごとの行動特性について研究するのが動物行動学で、有名なところでは雛鳥が生まれて初めて見た動くものを親だと思い後ろをついて回る「刷り込み」などが発見されています。

動物の行動は基本的には生存と種の保存のために合理的に見えますが、中には一見すると不合理な行動というものも存在します。それを解き明かしたのが「ハンディキャップ理論」です。

たとえば、ガゼルは、捕食者であるライオンやチーターが近づくと、逃げ出す前にその場でストッティングという高いジャンプを繰り返します。跳躍力が高いからジャンプして逃げた方が速いだけでは、と思うかもしれませんが、実際に動画を見ていただくと想像よりも滞空時間が長く、逃げ遅れるのに十分なロスだと感じていただけるかと思います(「ガゼル ストッティング」や「ガゼル ジャンプ」などで動画検索していただくと何個も見つかるかと思います。)

これは一見生存確率を下げる危険な行動ですが、実は捕食者に対して「自分はこれほど高く跳べる健康な個体であり、追跡しても捕獲は難しい」というアピールであるという説があります。

実際、捕食者はストッティングをせずにすぐに逃げ出すガゼルを追うようで、ガゼルの「自分は健康体である」というシグナルが正しく捕食者に届いているようです。

どう淘汰されたかを考えると、『ストッティングをしてシグナルを発さない弱い個体』は捕食者に狙われ、また『実力以上にストッティングを繰り返した結果まんまと逃げ遅れた個体』も捕まったため、ストッティングを行いかつちょうどよいタイミングで切り上げ逃げ出すことのできる遺伝子が残っていったのでしょう。

アピールの相手が捕食者でなく、異性の場合もあります。

例えば、クジャクのオスは飾り羽を扇型に広げてメスを誘惑します。より美しく大きい羽を持つオスほど、メスにモテますが、エサを確保するのに便利だったり、捕食者から逃げやすかったりといったような実益はなく、誘惑以外にはなんの役にも立ちません。それどころか、羽が派手なほど天敵に見つかりやすくなりますし、重さは敏捷性を下げます。それに、豪華で美しい羽のためには、当然カロリーやタンパク質も使っていることになります。

それでは、クジャクのメスの判断は非合理的であり、生存に不利であってもオスは美しいほうが魅力的だ、と感じるほど愚かなのでしょうか。

これに対し、「より派手で重い羽を持っているにも関わらず生き延びている」ことは、「より体力・敏捷性が充実した個体である」というシグナルであり、このことから優秀な遺伝子を持つオスであると判断できるため、メスは魅力を感じるという説があります。不利な状況でも生き延びているということ自体が個体の強さの証明となっているのです。

もちろんクジャクの場合でも、とにかく飾り羽を大きくしさえすればいいという訳ではなく、強くない個体が不用意に飾り羽を大きくしてしまい鈍重な動きしかできなくなれば、エサを確保することや捕食者から逃げることが難しくなり、淘汰されてしまいます。

この「ハンディキャップ理論」はこれから本格化する企業の決算説明時にテーマとなりそうな、今期の価格戦略で起こりそうな行動を読み解くヒントにもなるのではないでしょうか。

海外におけるインフレ圧力や、交易条件が悪化している中、「消費者に納得してもらった上で価格をあげることができるか」が企業の今期の利益、ひいては生き残りに直結します。そのため企業アナリストは、会社の「値上げの力」を探ろうとしてくる可能性は高く、これまで企業はデフレ対応力を競ってきましたが、コストの価格転嫁を実行することができる能力を示すことこそが、企業にとって健康さを表す正直なシグナルとなり得ます。

もし、値上げを表明した企業をマーケットが好感し、株価がその表明によって上昇する、という事例が増えると、価格転嫁の実力が乏しい会社でも価格戦略を強気で発表する行為が合理的行動となります。しかし、やはりとにかく価格上昇をすればよいというわけではなく、消費者に商品価値を認めてもらえず、価格上昇に納得してもらえなかった場合はストッティングを行わないガゼルや鈍重な動きしかできないクジャクと同様に、生き延びることが難しくなるのでしょう。

執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
イノベーション事業部 FAプラットフォーム
シニアアナリスト  日野原 未葉

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