M&Aビジネス参入マニュアル:M&A業務における差別化集中戦略
基礎知識・ノウハウ
事業承継・M&Aは、業界業種や会社規模に関わらず共通する経営課題のひとつですが、業界業種によっては準拠する法律や商慣習等が異なります。伴走する専門家が、対象案件の業界業種に精通しているか否かで、事業承継・M&Aの成功率に大きな影響を与えます。
M&A業務においても漠然と全ての範囲を対象とするのではなく、専門性を最大限に生かせる範囲に特化した方が、競争優位性を確立しやすい傾向にあります。本稿では、差別化集中戦略を軸にM&Aビジネス参入について説明します。
1.差別化集中戦略とは
マイケル・E・ポーターが提唱した「3つの基本戦略」は、競争優位性を築くためのフレームワークのひとつです
「3つの基本戦略」は、縦軸に「戦略のターゲット」、横軸に「戦略の優位性」をとり、以下の3つに分類されます。
・ コストリーダーシップ戦略
・ 差別化戦略
・ 集中戦略
ここでは全体をターゲットとする「コストリーダーシップ戦略」と「差別化戦略」については、本稿のテーマから外れるため説明は割愛します。
今回注目すべきは「集中戦略」です。
「集中戦略」は、市場を細分化して、特定のターゲットに対して経営資源を集中させて競争優位性を確立することです。「集中戦略」は、「コスト集中戦略」と「差別化集中戦略」の2つ分けて考えることができます。
「コスト集中戦略」とは、特定のターゲットに対して経営資源を集中させて低コスト化を図り、競争優位性を確立することです。あくまでも低コストであり、必ずしも低価格となるわけではありません。
「差別化集中戦略」とは、特定のターゲットに対して経営資源を集中させて差別化を図り、競争優位性を確立することです。
M&A業務の多くは依然として労働集約型のビジネスであり、低コスト化が難しい一方で、専門性による差別化は図りやすい傾向にあるため、本稿のタイトルに目指すべき方針として「差別化集中戦略」を付け加えています。
2.3つの差別化の切り口
M&A業務においては、以下の3つの切り口から特定のターゲットに対して差別化を図ることができます。
・ 業務内容による差別化
・ 業界業種による差別化
・ 案件種類による差別化
(1) 業務内容による差別化
M&A業務は、以下の通り多岐にわたります。
・ アドバイザリー業務
・ デューデリジェンス業務
・ バリュエーション業務
・ コンサルティング業務
全てのM&A業務をひとりで行うことには限界があります。また、会社やチームでM&A業務を行う場合でも、各メンバーのスキルや人数などによっても、対応できる業務範囲は異なります。
特にM&Aビジネス参入の際は、少人数でスモールスタートさせることも多いかと思います。限られた経営資源を広範囲に投下することは非効率であり、一般的に「選択と集中」を行うことで、自社の強みを発揮することができます。それはM&A業務においても例外ではなく、M&A業務の内容を絞って、特定の専門性を高めることで差別化を図り、競争優位性を築くことができます。
将来的にワンストップで対応できるサービス展開を考えている場合でも、フックとなる強みのあるサービスがなければ、案件獲得に苦戦する可能性がありますので、「これは他社には負けない」というアピールポイントを早々に定めることをおすすめします。
(2) 業界業種による差別化
M&Aビジネス参入の際に、案件獲得の可能性を高めようとすると全業界・全業種を対象とすべきだと考えがちです。しかし、業界業種の違いによって案件で注意すべきポイントは異なるため、限られた経営資源で全業界・全業種に対応することは困難な傾向にあります。
また、M&Aの売手、買手といった顧客目線から考えると、オールジャンルで対応している専門家よりも、当該案件の業界業種に精通する専門家の方が、安心して相談できることでしょう。このように業界業種を絞ることは他社との差別化を図るうえで有効な切り口といえます。
では、業界業種とは具体的にどのようなものでしょうか。
業界とは、企業を産業で分類し、業種とは、企業が携わる分野で分類したものです。いまいちピンとこない部分もありますが、総務省「日本標準産業分類」が参考になります。ただし、 総務省「日本標準産業分類(平成25年10月改定)(平成26年4月1日施行)」において、「日本標準産業分類は、統計の結果を表示するための分類であり、個々の産業を認定するものでありません。」と記載もありますので、場合によっては定義に違いが生じる点についてはご留意ください。
例えば、平成25年10月改定での日本標準産業分類では「医療,福祉」を見ると以下の3つに分類されます。
・ 医療業(7)
・ 保健衛生(4)
・ 社会保険・社会福祉・介護事業(7)
更に、「医療業」を見ると以下の7つに細分化されていきます。
・ 管理、補助的経済活動を行う事業所(83医療業)(2)
・ 病院(2)
・ 一般診療所(2)
・ 歯科診療所(1)
・ 助産・看護業(2)
・ 療術業(2)
・ 医療に付帯するサービス業(2)
ある人は病院・診療所と一括りに考えるかもしれません。しかし、「診療所」に関するM&Aに精通していても、「病院」においても同様に対応できるとは限りません。共通点や明確な違いを認識し、より強みを発揮できる業界業種に狙いを定めて、他社との差別化を図ることを検討するとよいでしょう。
ただし、マーケットを細分化すればするほど市場規模は小さくなり、ビジネスとして成り立たなくなることもありうるため、細分化の程度には注意してください。
(3) 案件種類による差別化
ここでいう案件種類とは、案件規模や国内外などの違いについてです。
案件規模とは以下の通りです。
・ 大型案件
・ 中型案件
・ 小型案件
大型案件は、ニュースでも騒ぎ立てられるほどのもので、大手証券会社・銀行の金融機関や大手FAS(Financial Advisory Service)などが案件をサポートしています。大型案件を扱うためには、対外的にも信用される実績やプロフェッショナルメンバーの層の厚みなどが必要であり、参入障壁は高いといえます。
では、中型案件や小型案件はどうでしょうか。
一般的にビジネスは案件規模に比して手数料も多くもらえる可能性があります。そのような金銭的インセンティブもあるため、M&Aにおいても中型案件は小型案件よりも競争が激しくなる傾向にあります。M&Aビジネス参入当初は、中型・大型案件に固執せずに小型案件で実績を積むことも必要です。小型案件であっても数をこなせる仕組みを構築できれば、それが強みとなり差別化につながることも忘れてはいけません。競争が比較的少ない市場で、競争優位性をいかに早く築けるかの可能性も探るべきでしょう。
また、国内外の違いでも、他社との差別化を図ることができます。
国内の場合、地元密着型を前面に押し出して、競争優位性を築くこともできます。特にM&Aの専門家が少ない地域では、有効な切り口となるでしょう。
国外の場合、国によって法律や商慣習などは異なりますし、カントリーリスクもそれぞれです。特定の国に精通していることは、国内だけをターゲットとする専門家と比しても、大きなアドバンテージになることでしょう。
3.まとめ
これまで「業務内容による差別化」、「業界業種による差別化」、「案件種類による差別化」の3つの観点から差別化集中戦略による競争優位性について説明しました。全てのM&A業務を単独でカバーしなければならないと気負わずに、ご自身の強みを見極めて歩むべき道を選択することが成功の近道になるかもしれません。
また、ご自身の専門性を高める一方で、専門外の領域で頼れる専門家同士のネットワークを構築することも不可欠です。M&Aプラスは、専門家向けのM&Aマッチングプラットフォームであり、色々な専門家にご入会いただいています。ぜひお気軽にお問い合わせください。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
イノベーション FAプラットフォーム
シニアアナリスト 三枝 真也
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