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事業会社が病院・クリニックの参入に苦戦するワケ

医業承継

M&A

医業承継の相談として、事業会社から「病院・クリニックを買いたい」との問い合わせを受けることがありますが、既存事業が医療分野と全く関係のないケースも多々あります。

ここで注意してほしい点は、病院・クリニックと事業会社では致命的な違いがあることです。そのため、既存事業とのシナジーが見込める場合や社会貢献などの特別な想いがある場合を除き、安易に病院・クリニックへ参入されることはおすすめできません。

本稿では、「事業会社が病院・クリニックの参入に苦戦するワケ」を2つのポイントから説明していきます。

1.病院・クリニックと事業会社との致命的な違いとは

「事業会社が病院・クリニックの参入に苦戦するワケ」を説明する前に、「病院・クリニックと事業会社の違い」について理解する必要があります。

「病院・クリニックと事業会社との違い」を理解しやすくするために、比較対象の前提条件を法人として、病院・クリニックでは社団医療法人、事業会社では株式会社をモデルケースとします。社団医療法人には、出資持分の有無によって違いがあります。なお、改正医療法施行後(2007年4月1日以降)は、出資持分ありの社団医療法人は新設できなくなりました。

図表1 

図表1の赤字部分が、病院・クリニックと事業会社との致命的な違いになります。この表だけを見ても、株式会社と比較すると社団医療法人はかなりの制限があることが分かります。これらの違いが生じる最大の理由は、病院・クリニックと事業会社とで準拠法が異なるためです。株式会社では会社法が適用されますが、社団医療法人では医療法が適用されます。

事業会社が初期的に病院・クリニックへの参入を検討する際に、見誤ってしまう原因として、この医療法の理解不足があげられます。これらの致命的な違いが、タイトルにもある「事業会社が病院・クリニックの参入に苦戦するワケ」となるのですが、大まかな観点で分けると以下の2つになります。

・ 経営のコントロールが難しいこと
・ 投資回収が難しいこと

これら2つの観点から順を追って「苦戦するワケ」を説明します。

2.苦戦するワケ:経営のコントロールが難しいこと

本稿では「経営のコントロール」を、「最高意思決定機関」と「執行機関」の観点から説明します。

株式会社であれば、最高意思決定機関は株主総会であり、執行機関は取締役会などになります。社団医業法人の場合は、最高意思決定機関は社員総会であり、執行機関は理事会になります。

(1) 理事長は原則、医師/歯科医師という要件

医療法第四十六条の六には、「医療法人(次項に規定する医療法人を除く。)の理事のうち一人は、理事長とし、医師又は歯科医師である理事のうちから選出する。ただし、都道府県知事の認可を受けた場合は、医師又は歯科医師でない理事のうちから選出することができる。」とあります。

株式会社の代表取締役などの就任における要件は特にないため、買収後でも取締役会などの経営トップとして参画することもできます。一方で、医療法人の場合は、理事会の理事長になるためには「医師又は歯科医師である理事のうちから選出」という要件があるため、異業種からの参入においては高いハードルとなり、経営のコントロールが難しくなるのです。

「都道府県知事の認可を受けた場合は、医師又は歯科医師でない理事のうちから選出」とありますが、その要件もかなり厳しく現実的ではありません。そのため、「医師又は歯科医師」を新たに雇用し、理事長に据えて経営を任せることも選択肢のひとつとして考えられます。しかし、「医師又は歯科医師」は独立開業しやすい職業でもあるため、長期的な信頼関係を築ける「医師又は歯科医師」探しで苦戦を強いられ、病院・クリニックへの参入を諦めることも珍しくありません。

(2) 社員1人1票の議決権

医療法第四十六条の三の三には、「社員は、各1個の議決権を有する。」とあります。

議決権がなぜ経営をコントロールするうえで重要かというと、社員総会での決議に影響を与えるからです。

例えば、医療法人の場合、理事及び監事の選解任は社員総会によって決議されます。株式会社では、株主が原則株式数に応じて議決権を有しているので、取締役の選解任も議決権の割合次第でコントロールできます。一方で、医療法人の場合は、出資持分の割合に関係なく社員1人1票となるので、経営をコントロールするうえではマイナスに作用することになります。また、議決権の他にも当該医療法人に出資していなくても社員になれることなどが株主とは大きくルールが異なります。

(3) 経営をコントロールするには信頼できるメンバーの人選が大前提

これまで説明したように、株式会社と医療法人とでは、経営のコントロールに大きな違いがあります。病院・クリニックを買収しても、出資による経営への影響力は限定的です。そのため、信頼できる社員や理事長・理事を集めることができなければ、病院・クリニックの経営をコントロールすることは難しいでしょう。

株式会社においても信頼できるメンバーの人選は重要成功要因のひとつですが、特に事業会社が病院・クリニックへの参入する際には、その重要性がさらに増すことになるといえるでしょう。

3.苦戦するワケ:投資回収が難しいこと

本稿では「投資回収」を、「インカムゲイン」と「キャピタルゲイン」の観点から説明します。

インカムゲインとは、資産を保有中に得られる収益のことです。

キャピタルゲインとは、保有資産を売却することで得られる売買差益のことです。

(1) 出資者への配当不可

医療法第五十四条には、「医療法人は、剰余金の配当をしてはならない。」とあります。

そのため、医療法人は、利益の配当ができないので、インカムゲインはありません。病院・クリニックの経営によって既存の事業会社への何らかのシナジーが見込めない限り、投資回収は現実的でないといえます。

(2) 残余財産の帰属

医療法第四十四条第五項には、「残余財産の帰属すべき者に関する規定を設ける場合には、その者は、国若しくは地方公共団体又は医療法人その他の医療を提供する者であって厚生労働省令で定めるもののうちから選定されるようにしなければならない。」とあります。

改正医療法施行後(2007年4月1日以降)に設立した医療法人、いわゆる「出資持分のない社団医療法人」の出資者には、残余財産は帰属しません。その代わりに国・地方公共団体などに帰属することになります。

医療法第五十六条には、「解散した医療法人の残余財産は、合併及び破産手続開始の決定による解散の場合を除くほか、定款又は寄附行為の定めるところにより、その帰属すべき者に帰属する。」とあります。

「出資持分のある社団医療法人」においては、通常定款で残余財産を出資額に応じて分配する旨を定めているので、残余財産は出資者に帰属することになります。

投資回収の観点から考えると、「出資持分のある社団医療法人」では出資持分を譲渡することでキャピタルゲインを得られる可能性があるため、事業会社が病院・クリニックの参入を検討する際に、重要な判断基準のひとつになっています。

(3) 既存事業とのシナジーと出口戦略が大切

これまで説明した通り、医療法人では、投資回収としての手段がかなり限られています。

インカムゲインの代わりに、病院・クリニックの参入によって、どの程度既存事業とのシナジーが見込め、既存事業の業績に反映できるかなどを検証する必要があります。ただし、出資先だからといって、過度に高い価格での取引はできません。客観的に見て適正な価格の設定が求められますので、専門家へ相談されることをおすすめします。

また、病院・クリニックを永続的に運営する場合を除き、出口戦略をあらかじめ想定しておく必要もあります。その際に、「出資持分のある社団医療法人」は必須条件になるでしょう。

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執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
イノベーション FAプラットフォーム
シニアアナリスト 三枝 真也

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