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M&Aマッチングと他のマッチング市場の比較

基礎知識・ノウハウ

M&A

近年、日本の中小M&A市場は活発化の一途をたどり、中小企業経営者の皆様にとってもM&Aはぐっと身近な存在になりました。またそれと同時に、M&Aのマッチングに係るサービスはプラットフォームなど含めここ数年で増加し、活況と言えます。

ただ、どれだけM&Aマッチングに係るサービスが増加し、省力化・低コスト化が実現したとしても、売手と買手のマッチングは今後もM&Aアドバイザーを悩ませることになりそうです。

コラム「M&Aマッチングと経済学」では、経済学の理論であるマーケットデザインについてご紹介しておりますが、今回は、世の中にM&A市場以外の「マッチング」が課題となる市場について、代表的な市場をいくつか取り上げながら、それぞれの市場でのマッチングの課題や難しさは、M&Aのマッチングの課題や難しさと、どの点で類似していてどの点で異なるかを比較してみましょう。

1.マッチング市場の対極である金融市場

マッチングが重要になってくる市場を比べる前に、まずはそれらと対極にある金融市場、例えば証券取引所について考えてみましょう。東証一部のような証券取引所では上場している銘柄が決まっており、例えばA社の株を売買するとき、A社の株をある機関投資家X社から買っても、ある個人投資家Yさんから買っても、全く同じA社株です。X社から買ったA社株の方には売買制限がついていたり、Y社から買ったA社株では配当日が異なったりすることはありません。そのためA社株の板(注文リスト)上で売手も買手も、取引をしたいタイミングで売り注文・買い注文を出すことができ、「価格優先」と「時間優先」の原則に基づいて市場が開いている間は自由に取引ができます。

つまり、金融市場のように標準化された品目を取り扱う市場において「マッチング」は課題とはならないのです。

2.臓器移植ペアのマッチング

一方で、品目の個別性の高さゆえにマッチングが課題の大半となっている市場もあります。価格のついた売買ではないので「市場」という言い方は誤解を生みますが、マッチングが課題となる市場として、臓器移植ペアのマッチングの例がよく上げられます。

日本では行われていない米国や英国の例として、血液型やHLA型などの条件が不適合で腎移植が行えない患者とドナー(患者の近親者であることが多い)のペアが複数いるとき,互いのドナーを交換するにより適合ペア間での移植を実現しようという取り組みが行われています。この枠組みでは、患者とドナーのペアが少なければ一つも適合ペアがいない可能性があり、患者とドナーのペアが増えれば増えるほど適合の可能性は高くなります。ただ、基本的な考え方として、「ドナーは、自分がペアとなっている患者が他のドナーから移植を受けられる場合のみ自身の臓器提供に同意する」とされています。

つまり、ドナーAが近親者である患者Aのために腎移植を申し出たが、ドナーAと患者Aの条件が不適合であった。もしドナーAが患者Bと適合ペアになったとして、ドナーAは患者Aが患者BとペアであるドナーBや、あるいはまったく別の患者Cと組んでいるドナーCなどの適合ペアを見つけるまで自身の臓器提供に同意することはないとされます。

なぜならドナーAにとって自身の臓器提供はリスクであり、また、もし患者BにドナーAの腎臓を無償で提供し、別の機会で患者Aとの適合ドナーDが現れた場合、そのドナーDとペアである患者Dに提供する腎臓がなく、臓器提供を受けることが叶わない可能性があるからです。このため、臓器移植ペアのマッチングは、<患者A×ドナーB>・<患者B×ドナーC>・<患者C×ドナーD>・・・というようにチェーン状(あるいはチェーンが閉じたサイクル上)になると考えられます。チェーン状でマッチングした場合、チェーンの終わりには無償で臓器提供をしているドナーXが必要であるため、臓器移植ペアのマッチングは繊細かつ困難です。

【近親者ペアと適合ペアのチェーン状のマッチングイメージ】

近親者ペアと適合ペアのチェーン状のマッチングイメージ

M&Aのマッチングは臓器移植のマッチングと異なり、(ドナー・患者の組み合わせと違い)売手・買手のどちらかに過大な普段があるわけではない点で大きく異なります。

また臓器移植の適合は意思によって変えられませんが、M&Aの場合売手の業績向上により企業としての魅力が上がったり、買手の買収スコープの拡大により検討できなかったM&Aの検討が可能になったりすることもあり、臓器移植のマッチングよりは柔軟性があると言えます。

参考文献)Who Gets What(フー・ゲッツ・ホワット) マッチメイキングとマーケットデザインの経済学 アルビン・E・ロス (著), 櫻井 祐子 (翻訳) 日本経済新聞出版社

3.タイトルの工夫

M&A市場以上に、マッチングサービスが活況なのが婚活市場・恋愛市場でしょう。M&Aアドバイザーを仲人として、M&Aを恋愛市場やお見合いに例えることもありますが、現実の婚活市場のカップリングは1対1のマッチングで終わるのに対して、M&A市場ではストロングバイヤーなどの買手が複数の売手とマッチングすることがあります。また、実際の婚活・恋愛市場では複数の相手先を同時に比較検討するには限界がありますので、その点では婚活・恋愛市場でよりもM&Aのマッチングの方が、柔軟性がありそうです。

4.就職活動市場におけるマッチング

「就活難易度・偏差値」などの言葉が雑誌やネット上の記事などでも使われるため、勘違いしてとらえがちですが、就職活動市場も、企業の求人に対する人材のオークションのようなものではなく、実際にはマッチング市場です。ある人材から見て優良な企業は他の人材から見ても優良な企業であると思われやすいこと、逆にある企業から見て魅力的な人材はほかの企業から見ても魅力的であると思われやすいのでこのような表現になるのでしょうか。

M&A市場においては一社の買手が複数の売手とマッチング可能であり、就職活動市場においては一社の企業が複数の人材とマッチング可能であること。M&A市場においては買手側が投資予算や目標を持つように、就職活動市場においては企業側も採用人数の上限や目標があること。また、M&A市場においては売手側が売却せず廃業するなどの選択肢を持つように、就職活動市場において学生は就職しないという選択肢を持つことなど、他のマッチング市場と比べて、就職活動市場が最もM&A市場との類似点は多そうです。

執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
イノベーション事業部 FAプラットフォーム
アナリスト  日野原 未葉

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