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「現状の姿」と「あるべき姿」から考えるM&Aとは(前編)

基礎知識・ノウハウ

M&A

今回はM&Aを検討するにあたり、「現状の姿」と「あるべき姿」の観点から考えていきます。前編では、「現状の姿」と「あるべき姿」を「ヒト・モノ・カネ・情報」から整理し、中編では、ギャップ(差異)の認識に触れ、後編では、ギャップ(差異)を埋めるための手段について説明します。

1.筆者が感じた多くの企業がM&Aに踏み出せない理由

私が銀行員時代にも、クライアントとよくM&Aについて話をしていましたが、そのなかで多くの企業がM&Aに興味を示す一方で、「なぜM&Aをする必要があるのか」、「具体的にどのような企業の買収を考えているのか」などの問いに対して、明確な考えや答えを持っている企業はあまり多くありませんでした。

そのような場合、「私たちの本業と関連性のありそうなM&A案件があったら、提案してください。」という反応はまだよい方で、なかには「良さそうなM&A案件があったら、業種問わず、幅広に提案してください。」というさらに漠然とした反応もありました。

言わずもがな、具体的な条件があればあるほど、それらの条件に近いM&A案件が出た場合、提案される可能性が上がります。一方で、具体的な条件に欠ける場合、良いM&A案件があっても、その会社は買手候補先にすら名前が上がらず、いっこうに提案されないのが現実です。

このような明確な考えや答えを持てていない背景には、企業の「現状の姿」と「あるべき姿」が曖昧であることが考えられます。特に企業の「あるべき姿」が、非常に曖昧なケースが多くあります。それらの企業の中には、現状の事業に満足し、変化を好まないという印象を受けることもありました。

短期化するプロダクトライフサイクルや加速するイノベーションによって、私たちが身を置く業界が一変する可能性もあります。例えば、10年以上前から徐々にガラケーからスマホに取って代わって以来、今まで想像もしなかった様々なサービスが生まれました。

今後このような変化のサイクルはさらに短期化し、少し前の当たり前が、当たり前ではなくなっていくことでしょう。つまり、絶えず将来を見据えて、効率的且つ有効な一手を打たなければ生き残れない時代になりつつあります。そのためには、ある程度の将来を見越して「あるべき姿」を常に考え、「現状の姿」とのギャップ(差異)を認識し、それを埋めることが求められます。

M&Aは、そのギャップ(差異)を埋める手段のひとつに過ぎませんが、変化の激しい昨今では、自社で社内ベンチャーや新規事業を始めるよりも、効率的且つ有効な手段として浸透しつつあります。それは大企業に限ったことではなく、今後中小企業においてもM&Aという選択肢は一般化していくことでしょう。

2.「ヒト・モノ・カネ・情報」から考える「現状の姿」と「あるべき姿」

図表1

図表1にある①「As-Is」が「現状の姿」のことであり、②「To-Be」が「あるべき姿」のことです。「現状の姿」と「あるべき姿」の位置関係を知って初めて、その間にある③「Gap(差異)」を認識できます。また、「現状の姿」と「あるべき姿」の解像度が上がるほど、ギャップ(差異)はより鮮明になるため、「現状の姿」をしっかりと把握し、「あるべき姿」を明確にすることが大切になります。

では、具体的にどのように「現状の姿」を把握し、「あるべき姿」を明確にすればよいのでしょうか。

2つ以上のものを比較する際には、共通のフォーマットを用いると整理しやすくなります。ここでは、経営資源「ヒト・モノ・カネ・情報」を共通のフォーマットとして「現状の姿」と「あるべき姿」について考えていきます。

(1)「現状の姿」

まずは経営資源「ヒト・モノ・カネ・情報」を切り口にして、「現状の姿」を整理します。「ヒト・モノ・カネ・情報」は、非常にシンプルな切り口なので、経営資源を把握する際に使いやすいフォーマットだと思います。私が若手銀行員だった時は、「ヒト・モノ・カネ」と教わり、「情報」については全く言及されていませんでした。その時代に合わせて必要な要素を追加・削除するなどアレンジして、使用することをおすすめします。

① ヒト

「ヒト」とは、主に経営陣・従業員などの人財を意味し、現状のビジネスを運営するうえで不可欠な人達です。経営陣・従業員が、各々どのようなスキルや能力を持っているか、どのようなビジョン・考えを持っているかなどを把握することが大切です。

M&Aにおいても、経営上重要な人物を一定期間残すキーマン条項がありますが、それくらい「ヒト」は重要な経営資源なのです。

② モノ

「モノ」とは、商品・サービス、それらを生み出す設備・機械などを意味します。競合他社の商品・サービスと比較して、自社の商品・サービスの強みや弱みを把握することで「現状の姿」が見えてきます。

ここで注意してほしい点は、顧客ターゲットを明確にしたうえで、競合他社を同業だけに限定せずに、幅広く考えるクセをつけることです。例えば、ランチタイム1,000円以下の顧客をターゲットとしたラーメン屋を考えた場合、競合他社はラーメン屋だけではなく、ハンバーガーショップや定食屋などの飲食店に加えて、コンビニエンスストアなどの小売店も含まれる可能性があります。

また、現状のビジネスで必要な設備投資から参入障壁の高さを知ることも大切です。当然にして多額の設備投資が必要なビジネスでは、参入障壁は高くなる傾向にあります。また、参入障壁が高いと一度参入したからには、サンクコスト(埋没コスト)を懸念して、なかなか撤退できないこともあります。

身近な例でいえば、マスクです。新型コロナウイルスの影響で、日本国内でも感染拡大当初マスクが不足して、今まで見たこともないような高値で売られていました。このマスク不足に商機を見出し、業種関係なく多くの企業が参入しました。結果、今日では供給が需要を上回り、価格は大幅に下落しました。そのような状況下でも、新規投資分を回収するために撤退できずにいる企業も多いことでしょう。

③ カネ

「カネ」とは、現金を意味します。貸借対照表(B/S)の現預金がまさにそれですが、一時点の状態を示しているにすぎません。より大切なことは将来を見据えた「カネ」であり、現状のビジネスが将来どのくらいのキャッシュフローがあるかを考える必要があります。また、併せて金融機関や投資家から調達できる資金も知っておくべきです。

④ 情報

「情報」とは、技術・ノウハウ、顧客データやネットワークなどを意味します。「情報」も「モノ」同様に競合他社と比較して強みや弱みを把握することが大切です。

特に技術・ノウハウで注意してほしい点は、「技術革新の非連続性」です。「技術革新の非連続性」とは、既存の技術が成熟して効果が低下すると、後発の全く別の技術に取って代わられることです。例えば、動画技術を考えた場合、VHSから、DVDやBlu-rayに取って代わり、今ではインターネットを経由したストリーミングやダウンロードによって動画を見ることができます。つまり、現時点で優位性がある技術・ノウハウであっても、将来的にその優位性が失われる可能性があるのです。

以上、「ヒト・モノ・カネ・情報」から「現状の姿」を整理し、スタート地点を明確にします。

(2)「現状の姿」

次にゴールとなる「あるべき姿」についてですが、まずはどのような企業・事業を目指すべきなのかを全体像から考えます。例えば、「今のビジネスを拡大したい」といった漠然とした全体像ではなく、「顧客ターゲットを中間層だけではなく、富裕層も取り込んで売上高100億円を目指す」、「一部の地域だけではなく、全国・海外に展開し、100か所の拠点を築く」、「俗人化していたノウハウを整理し、効率化を図りコストを10%削減する」など言語化し、且つ定量化することが大切です。また、曖昧な遠い将来ではなく、5年、10年後といった具体的な将来で考えてください。

「あるべき姿」が具体的になってはじめて、必要となる経営資源「ヒト・モノ・カネ・情報」が浮き彫りになってきます。「あるべき姿」を目指すにあたり、例えば、「従業員をどのくらい増やすべきか」、「商品ラインナップの強化を図るべきか」、「新たに設備投資は発生するか」、「それらに必要な資金をどう工面するか」などより具体的に考えていくわけです。

このように「あるべき姿」に必要な方法や具体的な数字を考えて、「現状の姿」と比較してギャップ(差異)を認識していきます。詳しくは中編「キャップ(差異)の認識」で説明します。

執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
イノベーション FAプラットフォーム
シニアアナリスト 三枝 真也

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