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社会保険労務士事務所がM&A関連業務に取り組むべき理由と業務内容について(後編)

基礎知識・ノウハウ

M&A

ここまで、社会保険労務士事務所がM&A業務に取り組むべき理由について解説をしてきました。

ここからは、実際にM&A業務に取り組むことになった場合、どのような内容の業務を行うことになるのか、社会保険労務士としての強みを活かすことができる業務をご紹介します。

2.人事・労務デューデリジェンス

M&Aの実施を検討する際に、買収対象となる企業(以下「対象企業」とする)の詳細を調査するデューデリジェンス。M&Aを成功させるためには必要不可欠な調査であるデューデリジェンスには、財務、労務、人事、法務、環境、ITなど様々な調査項目が存在します。なかでも特に重要な、人事・労務デューデリジェンスについては、人事労務の専門家である社会保険労務士の出番となります。

人事・労務デューデリジェンスとは、文字通り、M&Aにおいて対象企業の人事労務領域における問題の有無を調査する目的で実施されます。

特に、

・取引後に予測される雇用条件や退職者について

・簿外債務の有無

・対象会社の雇用実務における違法な点の有無

という3点については、M&Aの成立に大きな影響を与えるため、慎重な調査が必要とされます。

これから、上記3点の詳細と、対象企業から請求するべき資料について解説をしていきます。

3.人事・労務デューデリジェンスにおいて把握すべきポイント

(1)取引後に予測される雇用条件や退職者について

M&A取引において、買収側企業の人事領域における最大の関心事は、取引後に対象企業の事業継続のために必要な人材を確保することができるのかという点です。

M&Aの目的にもよりますが、一般的には対象企業の社員を合理的な雇用条件で引き続き雇用したいという場合が多いです。そのため、M&A取引においてどのぐらいの退職者が出ることが見込まれるのか、また取引後も事業を継続するためにどのくらいの人員が必要なのかを調査する必要があります。

とはいえ、デューデリジェンスの段階で退職者の数を正確に予測することは難しいので、事業継続に必要な人員数を調査し、過去のM&Aにおける類似取引の事例などから退職率を予測する方法などが現実的です。

併せて、各従業員の現在の雇用条件を確認し、不合理な雇用条件の有無を確認し、不合理な雇用条件が存在する場合は雇用条件変更の実現可能性について検討する必要があります。

(2)簿外債務の有無

人事・労務デューデリジェンスにおいて、簿外債務の存在が認識される事例はよくある話です。

中でも、未払い残業代の存在が発見されるケースは非常に多いので、重要な調査項目になります。M&Aの失敗事例の中に、取引後に未払い残業代の存在が明らかになり、過去2年分(2020年4月以降に発生したものについては時効3年に延長)の残業代を請求されてしまい財務状況が悪化したという事例は多くみられます。このような失敗を防ぐために、未払い残業代を中心に隠れた債務がないか入念に調査しましょう。

未払い残業代以外にも、労災による損害賠償やセクハラ、不当解雇による損害賠償などのリスクも調査する必要があります。

(3)対象会社の雇用実務における違法な点の有無

軽微なものから重大なものまで程度は様々ですが、対象会社の雇用実務に違法な点が存在することも多いです。

軽微なものであれば買収前に是正すれば問題ありませんが、取引金額や取引の成立自体に影響を及ぼすような重大な問題が発見される場合もあります。

4.人事・労務デューデリジェンスを実施するにあたって入手すべき資料

ここからは、上記のような重要な事項を調査するために、対象会社から入手すべき資料について解説をしていきます。

(1)従業員一覧

その人事労務デューデリジェンスにおいて、

・問題点が見つかる可能性がどの程度あるのか

・対象会社に対して実施すべき調査項目は何なのか

・どこまで詳細に調査を行う必要があるのか

といった点を検討するために、まずは対象会社の労働環境を把握する必要があります。

そのため、以下に関する資料を入手する必要があります。

・従業員の数

・雇用形態(正社員、パートタイム、派遣、出向など)

・年齢

・勤続年数

・勤務状況

・退職率 など

(2)就業規則や雇用関係の規程

収集する必要がある書類のうち大部分を占めるのが各種規程類です。就業規則のほか、賃金規程、人事評価規程、退職金規程が最低限必要な規程となります。

また、各種規程の変更履歴をたどるために、過去2年~5年程度の規程変更の記録についても入手できればより安心です。内容については、法令を遵守した内容になっているかどうか(特に近年の法改正において変更が必要な点について適切に対応できているかどうか)を中心に調査する必要があります。

(3)労使協定

労働組合または従業員代表者との間に締結している各種労使協定についても入手する必要があります。

具体的には、以下の主な労使協定です。

・時間外労働及び休日労働に関する協定(36協定)

・1ヶ月単位の変形労働時間制に関する協定

・フレックスタイム制に関する協定

・一斉休憩の適用除外に関する協定

・賃金控除に関する協定 など

また、労働基準監督署へ届出が必要な協定については届出の有無に関する資料も併せて入手しましょう。

(4)雇用契約書

対象会社における雇用の実態を把握するために、使用している雇用契約書のひな型を入手しましょう。雇用形態が複数ある場合は、雇用形態ごとの雇用契約書を入手する必要があります。

(5)社会保険関連の資料

健康保険、厚生年金保険雇用保険、労災保険といった強制加入の社会保険について、加入者数や支払いが適切になされているかどうかを把握できる資料を入手しましょう。また、任意労災保険などその他の保険の加入がある場合はこちらも併せて詳細資料を入手しましょう。

(6)給与の支払いに関する資料

違法な点が見つかることは少ないですが、買い手側企業の関心が非常に高い、給与に関する資料も入手し、以下の内容を把握するようにしましょう。

・給与の締め支払いのルール

・昇給の基準や頻度

・給与の内訳

・賞与の支払い時期や金額 など

(7)退職及び解雇に関する資料

過去5年間(難しければ少なくとも過去2年間)に対象会社を退職した元社員の以下の情報が分かる資料を入手しましょう。

・氏名

・役職

・勤続年数

・年齢

・退職理由

また、解雇した社員がいる場合は詳細な理由や手続きの経緯が分かる資料も必要です。退職や解雇に関連する法的な問題の有無を調査することはもちろん、離職率や退職理由などから対象会社の労働状況の実情を探ることもできるため、重要な資料の一つです。

(8)退職及び解雇に関する資料

対象会社において従業員や労働組合との間で現在進行中または過去発生した労働訴訟が存在する場合、その内容や結果に関する説明資料を入手しましょう。

また、デューデリジェンスの段階で発見することは困難ではありますが、将来訴訟に発展する可能性があるような問題が存在するかどうかもできる範囲で調査する必要があります。

(9)その他履歴や制度の有無によって必要になる資料

・労働基準監督署からの是正勧告に関する資料

対象会社が過去に労働基準監督署からの是正勧告を受けている場合、監督署から受領した資料を入手することで隠れた債務の存在リスクを検討することができます。

・年金に関する資料

年金制度がある場合は制度設計や運用方法、積立額などが分かる資料を入手しましょう。

・福利厚生関連資料

社宅の利用、保養施設の利用、祝い金の支給、従業員貸与など対象会社が提供している福利厚生についても把握する必要があります。買収後に継続するかどうかの判断が必要なため、買い手側企業の関心が高い資料です。

・従業員持ち株会、ストックオプションに関する資料

対象会社に従業員持ち株会制度が存在する場合や、ストックオプションを従業員に付与している場合は制度や内容の詳細が分かる資料を入手する必要があります。

・労働組合に関する資料

社内、社外問わず労働組合に所属する社員が存在する場合は、その労働組合の組合員の数、所属している社員の氏名、対象企業との関係などを把握する必要があります。

・昇進、人事異動のルールに関する資料

昇進や人事異動に関するルールが存在する場合は入手しましょう。こちらも買い手側企業の関心が高い資料です。

図1.人事・労務デューデリジェンスにおいて対象企業から入手する必要がある資料一覧

図1.人事・労務デューデリジェンスにおいて対象企業から入手する必要がある資料一覧

出所:デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

以上、人事・労務デューデリジェンスを実施する際に調査するべき項目と、対象企業から入手するべき資料について解説をいたしました。

実際の調査においては、上記に記載した資料をもとに問題点や疑問点を事前に検討し、対象企業の担当者にインタビューを実施することで買収後のリスクをできる限り低減させる流れになります。人事・労務デューデリジェンスはM&Aの成立や譲渡価格、また取引実施後の事業継続に関わる非常に重要な業務ですので、ぜひノウハウを習得していただき、取り組んでみていただければ幸いです。

執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
イノベーション FAプラットフォーム
シニアヴァイスプレジデント 宮川 文彦

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